都鄙問答 / 卷之三・性理問答ノ段
蟲一疋モ殺シ玉ハズ、又萬草ノ中ニ於テ、五穀ハ勝レタルコトヲ知リ玉ヒ、麥ハ夏出來ルモノナレバ、何蒔ウヘタルガ實登ガヨキ、稻ハイツゴロ種オロスガ善、ソレヨリ大豆小豆小角豆ハイツガ善ト、時候ヲ考ヘ玉ヒ、五穀ヲ植藝コトヲ敎玉フ、其外ニ草木ノ多キ中ニ、食フテ能人ヲ養フ者ヲ知ラセ玉フ、且土ヲ見分、ソレハソコ、此ハコヽト、田畠ノ植ル所ヲ知リ、敎玉フニヨリテ、人タル者、飢餓コトヲ免ルホドノコトヲ、知ル世トナリヌラン、此皆大己貴命、少彥名命、唐土ニテハ伏義、神農、黃帝、御仁德ノ功ナリ、天ハ萬物ヲ生ジ、生ズルモノ自育ル、日本紀ニ云、保食神、乃廻首嚮國、則自口出飯、又嚮海則鰭廣鰭狹亦自口出、
新字:虫一疋モ殺シ玉ハズ、又万草ノ中ニ於テ、五穀ハ勝レタルコトヲ知リ玉ヒ、麦ハ夏出来ルモノナレバ、何蒔ウヘタルガ実登ガヨキ、稲ハイツゴロ種オロスガ善、ソレヨリ大豆小豆小角豆ハイツガ善ト、時候ヲ考ヘ玉ヒ、五穀ヲ植芸コトヲ教玉フ、其外ニ草木ノ多キ中ニ、食フテ能人ヲ養フ者ヲ知ラセ玉フ、且土ヲ見分、ソレハソコ、此ハコヽト、田畠ノ植ル所ヲ知リ、教玉フニヨリテ、人タル者、飢餓コトヲ免ルホドノコトヲ、知ル世トナリヌラン、此皆大己貴命、少彦名命、唐土ニテハ伏義、神農、黄帝、御仁徳ノ功ナリ、天ハ万物ヲ生ジ、生ズルモノ自育ル、日本紀ニ云、保食神、乃廻首嚮国、則自口出飯、又嚮海則鰭広鰭狭亦自口出、
書き下し
虫一疋も殺し給はず。又万草の中に於て、五穀は勝れたることを知り給ひ、麦は夏出来るものなれば、何時蒔きうゑたるが実登りがよき、稲はいつごろ種おろすが善き、それより大豆小豆小角豆はいつが善きと、時候を考へ給ひ、五穀を植ゑ藝うることを教へ給ふ。其の外に草木の多き中に、食うて能く人を養ふ者を知らせ給ふ。且つ土を見分け、それはそこ、此はここと、田畠の植うる所を知り、教へ給ふによりて、人たる者、飢餓ることを免るるほどのことを、知る世となりぬらん。此れ皆大己貴命、少彦名命、唐土にては伏義、神農、黄帝、御仁徳の功なり。天は万物を生じ、生ずるもの自ら育る。日本紀に云ふ、保食神、乃ち首を廻らして国に嚮ひしかば、則ち口より飯出づ。又海に嚮ひしかば、則ち鰭の広もの鰭の狭もの亦口より出づ。
現代語訳
虫一匹も殺されませんでした。また多くの草の中で五穀が優れていることを知り、麦は夏にできるものだからいつ蒔けば実りが良いか、稲はいつごろ種を下ろすのが良いか、大豆・小豆・ささげはいつが良いかと季節を考え、五穀の植え方を教えられました。そのほか多くの草木の中から、食べて人を養えるものを知らせ、土を見分けて、あれはあそこ、これはここと田畑に植える場所を教えられたので、人は飢えを免れるくらいのことを知る世になったのでしょう。これはみな大己貴命・少彦名命、中国では伏羲・神農・黄帝の仁徳の功績です。天は万物を生じ、生じたものはおのずと育ちます。日本書紀には「保食神が首をめぐらせて陸に向かうと口から飯が出、海に向かうと大小の魚が口から出た」とあります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段人と畜類とは、類異なる故に、鳥獣共に人を懼れて、近づくことなきを、聖神は私心なきゆゑに、彼が懼るることを見て、此を心とし給ふ。夫れ故に、牛は此れを好む、羊は彼を好む、豕は此を好む、馬は彼を好む、此は強し、彼は弱し、此は厲し、彼は静かなりと、向かふ所の物を、自らの心として、彼が気質の性の儘を能く知り給ひて、人に馴伏するやうにし給ふにより、多くの獣を馴れしたがへて、後世鬼神に諸肉をすすめ、又老人を養ふことを教へ給ふ。然れば天地に生を受くる物は、自ら弱きものの、強き者に従ふは、是れ天の道なり。聖神其の徳在すに因りて、無益の物を殺さず、理を尽くして、祭祀賓客老人の養ひ等には、已むことを得ずして、時の入用に従ひ、殺して是を用ひ給ふ。無用の時は、
-
『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段すべて人の身に従ひて出づるものなり。是も蚤の親が、人を食うて渡世をせよと教へんや。人の手のゆく時は、心得て早く飛ぶべし、飛ばずば、命をとらるると教へんや。飛び逃ぐるは、此れ習はずして、皆形によつて為す所なり。孟子曰く、形色は天性なり。惟だ聖人にして然る後以て形を践むべし。形を践むとは、五倫の道を明らかに行ふを云ふ。形を践んで行ふこと能はざるは小人なり。畜類鳥類は私心なし、反つて形を践む、皆自然の理なり。聖人は是を知り給ふ。日本紀に云ふ、夫れ大己貴命と少彦名命と、力を戮せ心を一にして天下を経営す。復た顕見蒼生及び畜産の為に、則ち其の療病の方を定む。又鳥獣昆虫の災異を攘はんが為に、則ち其の禁厭の法を定む。是を以て百姓今に至るまで、咸く恩頼を蒙ると見えたり。何国にも道は同じうして、唐土にも伏義能く犠牲を馴伏すと史記に見えたり。第一に、
-
『都鄙問答』卷之二・禪僧俗家ノ殺生ヲ譏ノ段曰、五穀は非情なり、殺生にはあらず。答、大乗の法に、有情非情とへだて見ることありや。隔ありと云はゞ、草木国土に仏性なしと云べきか。神代巻に曰、伊弉冊尊曰、我千首をくびりころさんと曰、伊弉諾尊曰、我千首あまり五百首を生んとのたまふ。此両神は、陰陽の御神にて御座。天地の間は、自然に生殺との二つ有ことを知るべし。今日物を用るもこれに效へり。万物一理にして軽重あり。其次第たがはざるを以て善とす。此理を以て、天地の行るゝことを見るべし。強者は勝、弱者の負は自然の理なり。近く知らんと思はゞ、鳥獣にても見るべし。鷲鵬は、諸鳥や畜類までを取り喰ふ。又鴉や鷺は、魚類等を取り喰ふ。雀や其外小鳥は、
-
『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段又山に嚮ひしかば、則ち毛の麁もの毛の柔もの亦口より出づと見えたり。保食神の口とは、如何なる口ぞと工夫すべし。天神地祇は、かくの如く自由なる御神なり。その自由の口より生ずるゆゑに、生ずる物も又自由なり。譬へば蝉は口に声なくして、脇の下に声ある者なりともいへり。口もあるべけれども、何方とも見分けがたし。春夏空に飛ぶ小虫などを見れば、何を食ふとも見えずして、飢うることなく、虚空に生じて虚空に死すや、出所を知らざるもの多し。此の類を推して、保食神の口を味はふべし。是を以て見れば、今日の万民世渡りのことは、定まりある者なり。衆人はこれ有ることを知らず。然るを万物の上について、万物の迹を見て、教へを立て給ふ。其の教へ直に天に有るゆゑに、古今変らず。天は物を生じ与へて、
-
『都鄙問答』卷之二・禪僧俗家ノ殺生ヲ譏ノ段万物に、天の賦し与ふる理は同じといへども、形に貴賤あり。貴きが賤きを食ふは、天の道なり。又仏氏には、草木国土悉皆成仏といへば、万物皆仏なり。然れども形に貴賤あり。貴き人間仏が、賤き五穀仏、果仏より、水火仏までを喰ふて、世界は立ものなり。此理を知らば、聖人の物を用ひ玉ふは、貴きと賤きとは礼を以て分つ、貴き者の為に、賤き者を用ゆることを知るべし。証を以ていはゞ、君は貴く臣は賤し。賤き臣、貴き君にかはり死することを聞、貴き君の、賤き臣下の身に代り死たる者を未聞。此賤きが、貴きにかはるは、天地の道にして、全君の私にあらず。聖人物を用ゆるに、礼を以てし玉ふは、即此所なり。此故に、
-
『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段陰陽剛柔仁義と分るれども、天地人の三つを窮め尽くす時は、一箇の理なり。此の性命の理を尽くしたまふは聖人なり。このゆゑに、無為にして治まる、天道に同じ。子曰く、無為にして治むる者は其れ舜なるか。しかれば天理に順ふ外に道あらんや。書経の意も、理に逆ふ時は、天命変じて亡ぶべしとの教なり。依りて惟れ命は常に于てせずといへり。此を法として、今時も理に順へば、天命に合ふ。理と云ふは天地より人間畜類草木まで行はるる道、それぞれに分れ備はりたる体を、仮に名付けて理と云ふ。又文字は、天地開闢よりいはば、数億万歳の後に作り初めしものなり。これを以て天の為し作す無量の物に合すとも、万分の一にも足らず。此の理を知るべし。文字に泥むは、糟粕を味ふに同じ。色々理窟をつくるとも、