都鄙問答 / 卷之二・禪僧俗家ノ殺生ヲ譏ノ段
曰、五穀ハ非情ナリ、殺生ニハアラズ、答、大乘ノ法ニ、有情非情トヘダテ見ルコトアリヤ、隔アリト云ハヾ、草木國土ニ佛性ナシト云ベキカ、神代卷ニ曰、伊弉冊尊曰、我千首ヲクビリコロサント曰、伊弉諾尊曰、我千首アマリ五百首ヲ生ントノ玉フ、此兩神ハ、陰陽ノ御神ニテ御座天地ノ間ハ、自然ニ生殺トノ二ツ有コトヲ知ルベシ、今日物ヲ用ルモコレニ效ヘリ、萬物一理ニシテ輕重アリ、其次第タガハザルヲ以テ善トス、此理ヲ以テ、天地ノ行ルヽコトヲ見ルベシ、强者ハ勝、弱者ノ負ハ自然ノ理ナリ、近ク知ラント思ハヾ、鳥獸ニテモ見ルベシ、鷲鵬ハ、諸鳥ヤ畜類マデヲ取リ喰フ、又鴉ヤ鷺ハ、魚類等ヲ取リ喰フ、雀ヤ其外小鳥ハ、
新字:曰、五穀ハ非情ナリ、殺生ニハアラズ、答、大乗ノ法ニ、有情非情トヘダテ見ルコトアリヤ、隔アリト云ハヾ、草木国土ニ仏性ナシト云ベキカ、神代巻ニ曰、伊弉冊尊曰、我千首ヲクビリコロサント曰、伊弉諾尊曰、我千首アマリ五百首ヲ生ントノ玉フ、此両神ハ、陰陽ノ御神ニテ御座天地ノ間ハ、自然ニ生殺トノ二ツ有コトヲ知ルベシ、今日物ヲ用ルモコレニ効ヘリ、万物一理ニシテ軽重アリ、其次第タガハザルヲ以テ善トス、此理ヲ以テ、天地ノ行ルヽコトヲ見ルベシ、強者ハ勝、弱者ノ負ハ自然ノ理ナリ、近ク知ラント思ハヾ、鳥獣ニテモ見ルベシ、鷲鵬ハ、諸鳥ヤ畜類マデヲ取リ喰フ、又鴉ヤ鷺ハ、魚類等ヲ取リ喰フ、雀ヤ其外小鳥ハ、
書き下し
曰、五穀は非情なり、殺生にはあらず。答、大乗の法に、有情非情とへだて見ることありや。隔ありと云はゞ、草木国土に仏性なしと云べきか。神代巻に曰、伊弉冊尊曰、我千首をくびりころさんと曰、伊弉諾尊曰、我千首あまり五百首を生んとのたまふ。此両神は、陰陽の御神にて御座。天地の間は、自然に生殺との二つ有ことを知るべし。今日物を用るもこれに效へり。万物一理にして軽重あり。其次第たがはざるを以て善とす。此理を以て、天地の行るゝことを見るべし。強者は勝、弱者の負は自然の理なり。近く知らんと思はゞ、鳥獣にても見るべし。鷲鵬は、諸鳥や畜類までを取り喰ふ。又鴉や鷺は、魚類等を取り喰ふ。雀や其外小鳥は、
現代語訳
禅僧「五穀は心を持たない非情のものですから、殺生ではありません。」梅岩「大乗の法で、有情と非情を隔てて見ることがありますか。隔てがあると言うなら、草木国土に仏性はないと言うのですか。『日本書紀』神代巻に、伊弉冊尊が『私は一日に千人をくびり殺そう』と言い、伊弉諾尊が『私は一日に千五百人を生もう』とおっしゃったとあります。この二柱は陰陽の神です。天地の間には、おのずから生と殺の二つがあると知るべきです。今日物を用いるのもこれにならっています。万物は一つの理でありながら軽重があり、その順序を違えないことを善とします。この理で天地の運行を見なさい。強い者が勝ち、弱い者が負けるのは自然の理です。身近に知りたければ鳥や獣を見なさい。鷲や大鳥は諸鳥や家畜まで取って食べ、鴉や鷺は魚などを取って食べ、雀やほかの小鳥は、」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・應務・理を推して是れ視る時勢を以て理を低昂する者は、眾人なり。理を以て時勢を低昂する者は、賢人なり。理を推して是れ視、低昂する所無き者は、聖人なり。
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『呻吟語』外篇・品藻・惟だ其の理のみ勢の為す可からずして猶ほ之を為す者有るは、惟だ其の理のみ。此を知らば則ち三仁は五臣と事功を比す可く、孔子は堯・舜と政治を較ぶ可し。
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『呻吟語』内篇・談道・勢は帝王の權、理は聖人の權公卿朝に爭議するに、天子に命有りと曰へば、則ち屏然として敢へて屈直せず。師儒學に相辯ずるに、孔子に言有りと曰へば、則ち寂然として敢へて異同せず。故に天地の間、惟だ理と勢とを最尊と為す。然りと雖も、理は又尊の尊なり。廟堂の上に理を言へば、則ち天子も勢を以て相奪ふを得ず。即し相奪ふとも、理は則ち常に天下萬世に伸ぶ。故に勢は、帝王の權なり。理は、聖人の權なり。帝王に聖人の理無くんば、則ち其の權時有りて屈す。然らば則ち理なる者は、又勢の恃みて以て存亡を為す所なり。莫大の權を以て僭竊の禁無し。此れ儒者の辭せずして敢へて斯道の南面に任ずる所以なり。
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『呻吟語』内篇・談道・理一にして氣・勢・利は三なり先天は、理のみ。後天は、氣のみ。天下は、勢のみ。人情は、利のみ。理は一にして、氣・勢・利は三なり。勝負知る可し。
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『呻吟語』内篇・應務・理を貶せず、又た人を駭かさず君子の事に處するに真見有るも、遽かに行はざるなり。又た眾見を驗し、眾情を察し、諸を理に協へて協ひ、諸を眾情・眾見に協へて協へば、則ち斷じて以て必ず行ふ。果たして理は當然にして、眾情・眾見の協はざるや、又た委曲して以て吾が理を行ふ。既に理を貶せず、又た人を駭かさず。此れを之れ理術と謂ふ。噫、惟だ聖人のみ之を能くす。獵較の類是れなり。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、汝は理を直ちに命と云ふ、是大いに誤れり。理は玉の理なり。又総て物の理なれば、通るまでのことにて死物なり。命は、書経にも、惟れ命は常に于てせずと云へり。天の降せる命なれば、活物の性なり。斯くのごとく別なり。然るを、死活を以て一致とするは如何なることぞ。