都鄙問答 / 卷之三・性理問答ノ段
曰、然ラバ脩行ノ功ヲ積、心ヲ得テ道ノ無疑ホドニ至リ、何程ノ勝レタルコト候ヤ、答、孟子ノ曰、我四十而心不動ト、國天下ノコトニ預リテ、恐レ疑フコトナク、身ヲ脩ルヲ勝レタリト云、然ルニ世ノ中ニ、道ヲ敎ル爲ニ弟子ヲ取リ、敎ルコトヲ不知シテ、弟子ニ養ルヽハ逆ナリ、コレヲ譬テイハヾ、男タル者、我女房ヲ養フコトヲ得セズシテ、反テ女房ニ養ルヽ如シ、心ヲ不知敎ルトキハ、如斯逆ニ至ル、大學道明明德爲本、新民爲末、學者タル者、心ヲ知ルヲ先トスベシ、心ヲ知レバ身ヲ敬ム、身ヲ敬ムユヘニ禮ニ合フ、故ニ心安シ、心安キハ是仁ナリ、仁ハ天ノ一元氣ナリ、天ノ一元氣ハ、萬物ヲ生ジ育フ、此心ヲ得ルヲ學問ノ始トシ終トス、
新字:曰、然ラバ脩行ノ功ヲ積、心ヲ得テ道ノ無疑ホドニ至リ、何程ノ勝レタルコト候ヤ、答、孟子ノ曰、我四十而心不動ト、国天下ノコトニ預リテ、恐レ疑フコトナク、身ヲ脩ルヲ勝レタリト云、然ルニ世ノ中ニ、道ヲ教ル為ニ弟子ヲ取リ、教ルコトヲ不知シテ、弟子ニ養ルヽハ逆ナリ、コレヲ譬テイハヾ、男タル者、我女房ヲ養フコトヲ得セズシテ、反テ女房ニ養ルヽ如シ、心ヲ不知教ルトキハ、如斯逆ニ至ル、大学道明明徳為本、新民為末、学者タル者、心ヲ知ルヲ先トスベシ、心ヲ知レバ身ヲ敬ム、身ヲ敬ムユヘニ礼ニ合フ、故ニ心安シ、心安キハ是仁ナリ、仁ハ天ノ一元気ナリ、天ノ一元気ハ、万物ヲ生ジ育フ、此心ヲ得ルヲ学問ノ始トシ終トス、
書き下し
曰く、然らば修行の功を積み、心を得て道の疑ひ無きほどに至り、何程の勝れたること候や。答ふ、孟子の曰く、我四十にして心を動かさずと。国天下のことに預りて、恐れ疑ふことなく、身を修むるを勝れたりと云ふ。然るに世の中に、道を教ふる為に弟子を取り、教ふることを知らずして、弟子に養はるるは逆なり。これを譬へていはば、男たる者、我が女房を養ふことを得せずして、反つて女房に養はるる如し。心を知らずして教ふるときは、かくの如く逆に至る。大学の道は明徳を明らかにするを本と為し、民を新たにするを末と為す。学者たる者、心を知るを先とすべし。心を知れば身を敬む。身を敬むゆゑに礼に合ふ。故に心安し。心安きは是れ仁なり。仁は天の一元気なり。天の一元気は、万物を生じ育ふ。此の心を得るを学問の始とし終とす。
現代語訳
問う人が言います。では修行を積んで心を得、道に疑いがなくなるところまで至ると、何がそれほど優れているのですか。梅岩は答えます。孟子は「私は四十で心を動かさなくなった」と言いました。国や天下の大事に関わっても恐れ疑うことなく、身を修めていられること、それが優れている点です。ところが世の中には、道を教えるためと称して弟子を取りながら、教えることを知らず、弟子に養われている者がいます。これは逆さまです。たとえるなら、夫が妻を養えず、かえって妻に養われているようなものです。心を知らずに教えるとこうなります。大学の道は、明徳を明らかにするのが本で、民を新しくするのが末です。学ぶ者はまず心を知るべきです。心を知れば身を慎み、慎むから礼にかない、だから心が安らかです。心が安らかなのが仁であり、仁は天の根本の気で、万物を生み育てます。この心を得ることが学問の始めであり終わりです。
解説
この章句が説くこと
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論語・憲問篇「克・伐・怨・欲、行われずんば、以て仁と為す可きか。」子曰く、「以て難しと為す可し。仁は則ち吾知らざるなり。」
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