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都鄙問答 / 卷之三・性理問答ノ段

答、彼僧、最初ニ拂子ヲ立テ見セラレシヲ、汝是ヲ見テ不知、盲トイフベキヲ、又品ヲ替、說テ聾トイヘルハ、愛ニ溺シ敎ヘナリ、孔子ハ、吾爾ニ隱スコトナシト只一言ニ盡玉フ、又季路問死、曰、未知生焉知死トノ玉フ、今此身ヲ知レバ、死ノ道ハ目前ニ明ナリ、何ゾ他ニ因テ求ンヤ、生死ノコトハ、論語ニ明ナリ、是ヲモ殘サズ敎ユルヲ、實ノ儒者ト云、汝モ秘密セズシテ、敎ユル方ニテ學ビ、早ク生死ノ疑ヒヲ晴サルベシ、足下ノ近コトヲ不知、聖賢ノ敎ニ違ヒ心ヲ苦メ、夫ニテモ世渡リ勝手ヨキト思フテ、己ガ心ヲ欺、我コソ孔子ノ弟子ニテ、眞ノ儒者ナリト云テ居ルヽハ、如何ナルコトゾ、

新字:答、彼僧、最初ニ払子ヲ立テ見セラレシヲ、汝是ヲ見テ不知、盲トイフベキヲ、又品ヲ替、説テ聾トイヘルハ、愛ニ溺シ教ヘナリ、孔子ハ、吾爾ニ隠スコトナシト只一言ニ尽玉フ、又季路問死、曰、未知生焉知死トノ玉フ、今此身ヲ知レバ、死ノ道ハ目前ニ明ナリ、何ゾ他ニ因テ求ンヤ、生死ノコトハ、論語ニ明ナリ、是ヲモ残サズ教ユルヲ、実ノ儒者ト云、汝モ秘密セズシテ、教ユル方ニテ学ビ、早ク生死ノ疑ヒヲ晴サルベシ、足下ノ近コトヲ不知、聖賢ノ教ニ違ヒ心ヲ苦メ、夫ニテモ世渡リ勝手ヨキト思フテ、己ガ心ヲ欺、我コソ孔子ノ弟子ニテ、真ノ儒者ナリト云テ居ルヽハ、如何ナルコトゾ、

書き下し

答、彼僧、最初に払子を立て見せられしを、汝是を見て知らず、盲といふべきを、又品を替、説て聾といへるは、愛に溺し教へなり。孔子は、吾爾に隠すことなしと只一言に尽玉ふ。又季路死を問ふ。曰く、未だ生を知らず、焉ぞ死を知らんとの玉ふ。今此身を知れば、死の道は目前に明なり。何ぞ他に因て求んや。生死のことは、論語に明なり。是をも残さず教ゆるを、実の儒者と云。汝も秘密せずして、教ゆる方にて学び、早く生死の疑ひを晴さるべし。足下の近ことを知らず、聖賢の教に違ひ心を苦め、夫にても世渡り勝手よきと思ふて、己が心を欺、我こそ孔子の弟子にて、真の儒者なりと云て居るゝは、如何なることぞ。

現代語訳

答え。「その僧が最初に払子を立てて見せたのに、あなたはそれを見ても分からなかったので、盲と言うべきところを、また手を替えて説いて聾と言ったのは、慈しみのあまりの教えです。孔子は『わたしはあなたたちに何も隠していない』と、ただ一言で尽くされました。また季路(子路)が死について問うと、『まだ生を知らないのに、どうして死を知ろうか』とおっしゃいました。いまこの身を知れば、死の道は目の前に明らかです。どうして他に求めることがありましょう。生死のことは論語に明らかです。これをも残さず教えるのを本当の儒者と言います。あなたも秘密にせず教えるところで学び、早く生死の疑いを晴らしなさい。足もとの近いことを知らず、聖賢の教えに背いて心を苦しめ、それでも世渡りの都合がよいと思って自分の心を欺き、自分こそ孔子の弟子であり本当の儒者だと言っているのは、どういうことですか。」

解説

梅岩は禅僧の応答を、見て分からない相手に何度も手を替えて示した、慈しみのある教えだったと読みます。そのうえで「吾爾に隠すこと無し」(『論語』述而篇)、「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん」(先進篇)を引き、生死の答えは秘伝ではなく、いまのこの身を知ることにあると言います。梅岩は、道を秘密にせず残さず教えることを本当の儒者の条件としました。誰にでも開かれた講席を続けた梅岩自身の姿勢が、そのまま表れた一節です。

この章句が説くこと

生死論語季路秘密儒者

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