甲陽軍鑑 / 品第四十二
しる如件雜人のいふ、よき事を吉凶に任せつくる也、信玄公のあひこと、關東越後·美濃·三河もろ〳〵の敵地にて後は存したるにより御他界の一兩年前よりは敵かふくべなどこ作りて申候は、能信玄公御ほこさきつよくして、
新字:しる如件雑人のいふ、よき事を吉凶に任せつくる也、信玄公のあひこと、関東越後·美濃·三河もろ〳〵の敵地にて後は存したるにより御他界の一両年前よりは敵かふくべなどこ作りて申候は、能信玄公御ほこさきつよくして、
書き下し
しる如件雑人のいふ、よき事を吉凶に任せつくる也、信玄公のあひこと、関東越後·美濃·三河もろ〳〵の敵地にて後は存したるにより御他界の一両年前よりは敵かふくべなどこ作りて申候は、能信玄公御ほこさきつよくして、
現代語訳
しるすこと、この件のごとし。雑人の言う、よき事を吉凶に任せて作るのである。信玄公の合言葉は、関東・越後・美濃・三河、もろもろの敵地にて後には知られてしまったにより、御他界の一両年前からは、敵が兜巾などと作って申し候は、
解説
合言葉は、めでたい言葉から作るという。ところが長く使えば敵地に知られる。信玄の合言葉も晩年には他国に読まれていて、敵がこちらの合言葉を真似て作るところまで来ていた。秘密は使うほど漏れるという、当たり前の消耗が書かれている。秘密は使うほど漏れるという、当たり前の消耗が書かれている。敵がこちらの合言葉を真似て作るところまで来ていたという。
この章句が説くこと
合言葉秘密漏洩更新敵地合図
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