都鄙問答 / 卷之三・性理問答ノ段
正ク悟道ノ僧モ見アタラズ、或時田舍ノ禪僧ニ出合、幸哉ト思ヒ、佛家ニハ、生死ノ一大事ヲ說明セリト承ル、如何ナルコトゾ、今宵ハ心閑ニ御物語候ヘトイヘバ、彼僧拂子ヲタテヽ見セラレケレドモ、何トモ心得ガタキ故ニ、暫他ノ物語ヲシ、後ニ又最前ノ生死ノコト、今一度唯心易耳ニ入ヨキヤウニ示シ玉ヘト云ケレバ、今宵ハ茶ガ濃テ、寢苦シカラントイハレケル故、聞ザルカト思ヒテ、最前ノ生死ノコト、今一度示シ玉ヘト、反シテイヒケレバ、彼僧最早四ノ柝ガ鳴ト、大聲ニテイヒ、又イハルヽヤウハ、汝ハ學問モアリソウナルガ、笑止ヤ、聾ソウナトイハレケリ、加樣ナルコトナレバ、問テモ濟ズ、不問猶決定セズ、如何シテ疑ヒナク、末期ニ至テ不泣ヤウニナルベキヤ、
新字:正ク悟道ノ僧モ見アタラズ、或時田舎ノ禅僧ニ出合、幸哉ト思ヒ、仏家ニハ、生死ノ一大事ヲ説明セリト承ル、如何ナルコトゾ、今宵ハ心閑ニ御物語候ヘトイヘバ、彼僧払子ヲタテヽ見セラレケレドモ、何トモ心得ガタキ故ニ、暫他ノ物語ヲシ、後ニ又最前ノ生死ノコト、今一度唯心易耳ニ入ヨキヤウニ示シ玉ヘト云ケレバ、今宵ハ茶ガ濃テ、寝苦シカラントイハレケル故、聞ザルカト思ヒテ、最前ノ生死ノコト、今一度示シ玉ヘト、反シテイヒケレバ、彼僧最早四ノ柝ガ鳴ト、大声ニテイヒ、又イハルヽヤウハ、汝ハ学問モアリソウナルガ、笑止ヤ、聾ソウナトイハレケリ、加様ナルコトナレバ、問テモ済ズ、不問猶決定セズ、如何シテ疑ヒナク、末期ニ至テ不泣ヤウニナルベキヤ、
書き下し
正く悟道の僧も見あたらず。或時田舎の禅僧に出合、幸哉と思ひ、仏家には、生死の一大事を説明せりと承る、如何なることぞ、今宵は心閑に御物語候へといへば、彼僧払子をたてゝ見せられけれども、何とも心得がたき故に、暫他の物語をし、後に又最前の生死のこと、今一度唯心易耳に入よきやうに示し玉へと云ければ、今宵は茶が濃て、寝苦しからんといはれける故、聞ざるかと思ひて、最前の生死のこと、今一度示し玉へと、反していひければ、彼僧最早四の柝が鳴と、大声にていひ、又いはるゝやうは、汝は学問もありそうなるが、笑止や、聾そうなといはれけり。加様なることなれば、問ても済ず、問はざれば猶決定せず。如何して疑ひなく、末期に至て泣かざるやうになるべきや。
現代語訳
本当に悟った僧は見当たりません。ある時、田舎の禅僧に出会い、ありがたいと思って、『仏家では生死の一大事を説き明かしていると聞きます。どういうことでしょう。今夜はゆっくりお話しください』と言うと、その僧は払子を立てて見せましたが、何とも分かりません。しばらく別の話をして、後でまた『さっきの生死のことを、もう一度、ただ分かりやすく耳に入るように示してください』と言うと、『今夜は茶が濃くて寝苦しいだろう』と言われました。聞こえなかったのかと思って『さっきの生死のことを、もう一度示してください』と重ねて言うと、その僧は『もう四つの拍子木が鳴る』と大声で言い、さらに『あなたは学問もありそうなのに、気の毒に、耳が聞こえないようだ』と言われました。こういう次第では、問うても片づかず、問わなければなおさら決まりません。どうすれば疑いなく、臨終に泣かずにすむようになるのでしょう。」
解説
この章句が説くこと
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段曰く、何ぞ人倫を舎つべき。又天地に散々と決定するにもあらず。然れども、地獄極楽へ往べきとも思はず、三世のことは、定めて無者にてあらんと思へり。これは我ばかりにも非ず、世間にも、決せぬ人もあるやらん。或所に儒者を専一に致し、仏法を議り、且神社仏閣へ、友に誘れ参りても、曽て拝などもせずして居られしが、時節来て病気づき、最早九死一生と相見へし時に、日頃縁類ゆへ、来り因む僧ありければ、臥ながら手を合涙を流し、後世のこと、返々頼入ると申されけり。自身にも最期に望では、何とやら気味あしく、日頃の血気に任て云時とは、替るものにや。又我も実はさつばりとはせねども、仏者に聞も口惜く、其上仏者にも、
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段答、彼僧、最初に払子を立て見せられしを、汝是を見て知らず、盲といふべきを、又品を替、説て聾といへるは、愛に溺し教へなり。孔子は、吾爾に隠すことなしと只一言に尽玉ふ。又季路死を問ふ。曰く、未だ生を知らず、焉ぞ死を知らんとの玉ふ。今此身を知れば、死の道は目前に明なり。何ぞ他に因て求んや。生死のことは、論語に明なり。是をも残さず教ゆるを、実の儒者と云。汝も秘密せずして、教ゆる方にて学び、早く生死の疑ひを晴さるべし。足下の近ことを知らず、聖賢の教に違ひ心を苦め、夫にても世渡り勝手よきと思ふて、己が心を欺、我こそ孔子の弟子にて、真の儒者なりと云て居るゝは、如何なることぞ。
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『驢鞍橋』卷上一日僧問ふて曰く、一つ凡夫にして悲みて死すると、亦何とも思はす死するとは、何れが是ならんや。師答て曰、一様には云れす、乍去大すうを云はゝ、やれ死するか悲しやと云ひて死する者は、□亦死を何共思はぬは、まだ業の甚だしき者と思はるる也。其故は□をも、成敗に逢へども何とも思はざる物也。
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『都鄙問答』卷之一・都鄙問答ノ段答ふ、汝物語りの僧は、未徹の僧なれば、云ふに足らず。定めて妙を見ることありと思ふならん。釈尊は、暁の明星を見て大悟し玉ひ、唐土の霊雲は、桃花を見て悟られしにあらずや。悟りて後は、星を月と見るべきや。又悟らざる前には、桃を桜と見るべきや。如何ぞ活溌端的の所を知らざる。信心及ばざる所より、無益のことに、十五年の間、精神を費やすは惜しいかな。又汝我を不学と云へるは、文字に疎しと云ふことか。
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『都鄙問答』卷之一・都鄙問答ノ段曰く、彼の学者の云へるのみに非ず。其の座に禅僧居られけるが、此の僧の云へるは、拙僧も自性を見たしと思ひ、十五年程坐禅致すといへども、今に此ぞと見性せず。見性すれば、飛び揚がるほど嬉しきこと有りと聞く。然るに心易く知らるると云ふは、紛れ者に違ひなしといへり。且つ汝の云へる如くなれば、知り易きことなり。我ら如きは心のつかぬことなれども、心を付けて見るならば、春は花咲き、秋は実り、冬は蔵まり、人は人の道を行ひ、夫にて知りたることを、毎日毎日講釈し、家業の忙しき者を寄せ聚め、隙を費やさしむるは如何なることぞや。且つ汝は故を見て知ると云ふ。彼の禅僧、十五年の間心を尽くしても、性を知り得ること難しと云ふ。然るを汝不学の身として、知ること安しと云ふ。彼此以て疑ひ多し。此の訣は如何。
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『驢鞍橋』卷上一日或る俗来て曰く、承り及ふ故に是れ迄伺候仕る、一句示し給へ。師曰く、一人虚を伝ふれば、万人実と伝ふとて何者かおどけ者有りて、正三こそ名誉者なれ抔といへば、末々に聞き伝へ、扨は空をも翅り、光をも放つか抔と思ひ、正三見物に来り、変も無き老人なるを見て、皆興を醒さるゝ也。誠に我何の変もなき土禅門也。只死度くも無き間、何とぞして殺さるゝ事有りとも、何とも思はす、頸を指出して自由に死ぬ程に成りたさに修する也。されとも死は置いて餓鬼畜生を出でぬ也。是れを出度く思ふ心は、何とも思はず居る者には增さるへき歟。別に人に增りたる事無し。其方も聞かんと思はゝ一向のしろうとに成りめさるへし。彼者、秘し給ふと思ひ弥示し給へと云ふ。師曰く、我仏法の能き事を知らず、只我悪敷事を能く知りたる也。我友に成り、出入めされば、何時も我処に有る餓鬼畜生を懺悔して聞かせ申すべし。実に是の外によき事を知らず、ひげして云ふかと思ひめされんずな。無間に沈むほうぞ知らぬ也。