都鄙問答 / 卷之一・都鄙問答ノ段
答、汝物語ノ僧ハ、未徹ノ僧ナレバ、云ニ不足、定テ妙ヲ見ルコトアリト思フナラン、釋尊ハ、曉ノ明星ヲ見テ大悟シ玉ヒ、唐土ノ靈雲ハ、桃花ヲ見テ悟レシニアラズヤ、悟テ後ハ、星ヲ月ト見ルベキヤ、又悟ザル前ニハ、桃ヲ櫻ト見ルベキヤ、如何ゾ活潑端的ノ所ヲ知ラザル、信心不及ノ所ヨリ、無益ノコトニ、十五年ノ間、精神ヲ費ハ惜哉、又汝我ヲ不學ト云ヘルハ、文字ニ疎ト云コトカ、
新字:答、汝物語ノ僧ハ、未徹ノ僧ナレバ、云ニ不足、定テ妙ヲ見ルコトアリト思フナラン、釈尊ハ、暁ノ明星ヲ見テ大悟シ玉ヒ、唐土ノ霊雲ハ、桃花ヲ見テ悟レシニアラズヤ、悟テ後ハ、星ヲ月ト見ルベキヤ、又悟ザル前ニハ、桃ヲ桜ト見ルベキヤ、如何ゾ活溌端的ノ所ヲ知ラザル、信心不及ノ所ヨリ、無益ノコトニ、十五年ノ間、精神ヲ費ハ惜哉、又汝我ヲ不学ト云ヘルハ、文字ニ疎ト云コトカ、
書き下し
答ふ、汝物語りの僧は、未徹の僧なれば、云ふに足らず。定めて妙を見ることありと思ふならん。釈尊は、暁の明星を見て大悟し玉ひ、唐土の霊雲は、桃花を見て悟られしにあらずや。悟りて後は、星を月と見るべきや。又悟らざる前には、桃を桜と見るべきや。如何ぞ活溌端的の所を知らざる。信心及ばざる所より、無益のことに、十五年の間、精神を費やすは惜しいかな。又汝我を不学と云へるは、文字に疎しと云ふことか。
現代語訳
梅岩は答えました。「あなたの話の僧は、まだ悟りきっていない僧ですから、取り合うまでもありません。きっと何か不思議なものが見えると思っているのでしょう。お釈迦様は明け方の明星を見て大悟され、唐土の霊雲禅師は桃の花を見て悟ったのではありませんか。悟った後に星を月と見るでしょうか。悟る前に桃を桜と見るでしょうか。どうして、生き生きとして端的なところが分からないのでしょう。信じきれないところから、無益なことに十五年も精神を費やすのは惜しいことです。ところで、あなたが私を学問がないと言うのは、文字に疎いということですか。」
解説
この章句が説くこと
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『都鄙問答』卷之一・都鄙問答ノ段曰く、彼の学者の云へるのみに非ず。其の座に禅僧居られけるが、此の僧の云へるは、拙僧も自性を見たしと思ひ、十五年程坐禅致すといへども、今に此ぞと見性せず。見性すれば、飛び揚がるほど嬉しきこと有りと聞く。然るに心易く知らるると云ふは、紛れ者に違ひなしといへり。且つ汝の云へる如くなれば、知り易きことなり。我ら如きは心のつかぬことなれども、心を付けて見るならば、春は花咲き、秋は実り、冬は蔵まり、人は人の道を行ひ、夫にて知りたることを、毎日毎日講釈し、家業の忙しき者を寄せ聚め、隙を費やさしむるは如何なることぞや。且つ汝は故を見て知ると云ふ。彼の禅僧、十五年の間心を尽くしても、性を知り得ること難しと云ふ。然るを汝不学の身として、知ること安しと云ふ。彼此以て疑ひ多し。此の訣は如何。
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『都鄙問答』卷之一・都鄙問答ノ段教へんことを志すと云ふ。彼の人の云ふ、道は、道心と云ひて心なり。子曰く、故きを温めて新しきを知る、以て師と為るべし、と。故とは師より聞く所、新とは我が発明する所なり。発明して後は、学ぶ所我に在りて、人に応ずること窮まりなし。此を以て師と成るべし。然るを汝心を知らざれば、自ら迷ひ居て、且つ他も迷はせたく候や。心は一身の主なり。身の主を知らざれば、風来者にて、宿なし同前なり。我宿なくして、他を救はんと云ふは覚束なしと云へり。我見識を云はんとすれども、卵を以て大石に当たるが如し。言句吐くこと能はず。此に於いて茫然として疑ひを生ず。実に得たることは疑ひなき者なり。然るに疑ひの発るは、いまだ得ざると決定し、夫より他事心に入らず、明け暮れ如何如何と心を尽くし身も労し、日を過ごすこと一年半計りなり。折節愚母病気に附き、二十日余り看病せしに、其の坐を立ち出でけるが、其の時忽然として疑ひ晴れ、煙を風の散らすよりも早し。堯舜の道は孝弟のみ。魚は水を泳ぎ、鳥は空を飛ぶ。詩に云ふ、鳶飛びて天に戻り、魚淵に躍る、と云へり。道は上下に察かなり。何をか疑はん。人は孝悌忠信、此の外子細なきことを会得して、二十年来の疑ひを解く。これ文字のする所にあらず、脩行のする所なり。
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『都鄙問答』卷之四・淨土宗之僧、念佛ヲ勸之段念仏衆生摂取不舎。他宗は脩行の功を積み、観念座禅等を以て、此理を悟るなり。然るに難行をせずして、悟り開かるゝゆへに、念仏宗旨は、諸宗に勝れりと、汝も口真似するにあらずや。釈尊の法性を悟り、一仏成道し玉ふと、念仏にて、法性に至り、自然悟道したると、二つの替りありや。法性に二つ無くば、南無阿弥陀仏にて、浄土宗門は事足るべし。然れども、伝授なくては足らずと云はゞ、大師の起請は、偽りと云ひて破り舎てんや。如何。
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『都鄙問答』卷之一・都鄙問答ノ段曰く、然り。答ふ、唐土の六祖は、一字を学ばずとかや承る。然れども達摩より六代の祖となり、禅を今日まで継ぎ来たるは、六祖の力に有るとかや。然れども是は禅宗のことなり。又我が儒にて云はば、子夏曰く、賢を賢として色に易へ、父母に事へて能く其の力を竭くし、君に事へて能く其の身を致し、朋友と交はりて、言ひて信有らば、未だ学ばずと曰ふと雖も、吾必ず之を学びたりと謂はん、と。聖人の道は心よりなす。文字を知らずしても、親の孝も成り、君の忠も成り、友の交はりも成る。文字無き世なれども、伏羲神農は聖人なり。只心を尽くして、五倫の道を能くすれば、一字不学といふとも、是を実の学者と云ふ。且つ文学ある者は、文質彬々の君子とは云ふべけれど、常体の者の至るべきことに非ず。如何となれば、家業忙しく、記臆薄き者多ければなり。子曰く、行ひて余力有らば、則ち以て文を学べ、と。聖人の学問は、行ひを本として、文学は枝葉なることを知るべきことなり。
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『都鄙問答』卷之一・都鄙問答ノ段答ふ、替はりたる教へに非ず。汝不審の所を語るべし。我何方を師家とも定めず、一年或いは半季、聞き巡るといへども、我が初心と愚昧の病より、此ぞと心定まらず、心に合へる所もなく、年月これを歎きしに、或る所に隠遁の学者あり。此の人に出会ひ、物語の上、心の沙汰に及びし所、一言の上にて、先には早速聞き取りて、汝は心を知りたりと思ふらめど、未だ知らず。学びし所雲泥の違ひあり。心を知らずして、聖人の書を見るならば、毫釐の差、千里の謬りと成るべしと云へり。然れども我が云ふこと、先方へ聞こえざるゆへに、斯く申さるると心得て、幾度も論議に及ぶといへども、肯ふ気色見えず。我益々合点ゆかず。或る時彼の人の云ふ、汝何の為に学問致し候や。答へて云ふ、五倫五常の道を以て、我より以下の人に、
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段正く悟道の僧も見あたらず。或時田舎の禅僧に出合、幸哉と思ひ、仏家には、生死の一大事を説明せりと承る、如何なることぞ、今宵は心閑に御物語候へといへば、彼僧払子をたてゝ見せられけれども、何とも心得がたき故に、暫他の物語をし、後に又最前の生死のこと、今一度唯心易耳に入よきやうに示し玉へと云ければ、今宵は茶が濃て、寝苦しからんといはれける故、聞ざるかと思ひて、最前の生死のこと、今一度示し玉へと、反していひければ、彼僧最早四の柝が鳴と、大声にていひ、又いはるゝやうは、汝は学問もありそうなるが、笑止や、聾そうなといはれけり。加様なることなれば、問ても済ず、問はざれば猶決定せず。如何して疑ひなく、末期に至て泣かざるやうになるべきや。