都鄙問答 / 卷之三・性理問答ノ段
曰、田ニ心ナケレバ、惡心トハイハレマジ、然レドモ、上田下田トハイフベシ、答、然ラバ土ニ替リハナク、同ジ土ナレドモ、上田下田ノ替リアルナリ、是地ニ肥タルト磽タルトアリトイヘドモ、土ノ理ニ替ルコトナシ、然レバ、土ハ同ジ土ニテアリナガラ、上田ト下田トアリ、然リトイヘドモ、土ニ具ル所ノ理ハ同ジ、同キユヘニ、漸々ニ糞ヲ入、土ヲ入レバ、下田ハ中田トナル、中田ハ上田トナル、是ヲ人ニ喩テイハヾ、下田ハ小人ナリ、中田ハ賢人ナリ、上田ハ聖人ナリ、聖人ト賢人ト小人ト替リアレドモ、元性善ハ同キユヘニ、學バ漸々ヲ以テ、小人ハ賢人トナリ、賢人ハ聖人トナル、是性ハ一ナル證ナリ、扠聖人モ賢人モ小人モ、今日活テ動クハ、呼吸ノ二ッナリ、此二ッヲ繼モノヲ見得スレバ、形ナキモノニシテ、萬物ノ體トナルモノナリ、是ヲ名ヅケテ、善ナリトノ玉フ、此性ノ善ナルコトハ、私慮ヲ以テ窺可知ニアラズ、孟子ノ性善ハ、前ニイフ如ク、惡ニ對スル善ニ非ズ、誤ルベカラズ、
新字:曰、田ニ心ナケレバ、悪心トハイハレマジ、然レドモ、上田下田トハイフベシ、答、然ラバ土ニ替リハナク、同ジ土ナレドモ、上田下田ノ替リアルナリ、是地ニ肥タルト磽タルトアリトイヘドモ、土ノ理ニ替ルコトナシ、然レバ、土ハ同ジ土ニテアリナガラ、上田ト下田トアリ、然リトイヘドモ、土ニ具ル所ノ理ハ同ジ、同キユヘニ、漸々ニ糞ヲ入、土ヲ入レバ、下田ハ中田トナル、中田ハ上田トナル、是ヲ人ニ喩テイハヾ、下田ハ小人ナリ、中田ハ賢人ナリ、上田ハ聖人ナリ、聖人ト賢人ト小人ト替リアレドモ、元性善ハ同キユヘニ、学バ漸々ヲ以テ、小人ハ賢人トナリ、賢人ハ聖人トナル、是性ハ一ナル証ナリ、扠聖人モ賢人モ小人モ、今日活テ動クハ、呼吸ノ二ッナリ、此二ッヲ継モノヲ見得スレバ、形ナキモノニシテ、万物ノ体トナルモノナリ、是ヲ名ヅケテ、善ナリトノ玉フ、此性ノ善ナルコトハ、私慮ヲ以テ窺可知ニアラズ、孟子ノ性善ハ、前ニイフ如ク、悪ニ対スル善ニ非ズ、誤ルベカラズ、
書き下し
曰く、田に心なければ、悪心とはいはれまじ。然れども、上田下田とはいふべし。答、然らば土に替りはなく、同じ土なれども、上田下田の替りあるなり。是地に肥たると磽たるとありといへども、土の理に替ることなし。然れば、土は同じ土にてありながら、上田と下田とあり。然りといへども、土に具る所の理は同じ。同きゆへに、漸々に糞を入、土を入れば、下田は中田となる、中田は上田となる。是を人に喩ていはゞ、下田は小人なり、中田は賢人なり、上田は聖人なり。聖人と賢人と小人と替りあれども、元性善は同きゆへに、学ば漸々を以て、小人は賢人となり、賢人は聖人となる。是性は一なる証なり。扠聖人も賢人も小人も、今日活て動くは、呼吸の二つなり。此二つを継ものを見得すれば、形なきものにして、万物の体となるものなり。是を名づけて、善なりとの玉ふ。此性の善なることは、私慮を以て窺ひ知るべきにあらず。孟子の性善は、前にいふ如く、悪に対する善に非ず。誤るべからず。
現代語訳
問う人「田に心はないのですから、悪い心とは言えないでしょう。けれども上田・下田とは言うべきです。」答え。「それなら、土に違いはなく同じ土なのに、上田と下田の違いがあるのです。土地に肥えたところとやせたところがあっても、土の理に違いはありません。ですから土は同じ土でありながら上田と下田がある。そうではあっても、土に備わっている理は同じです。同じだから、少しずつ肥料を入れ、土を入れれば、下田は中田になり、中田は上田になります。これを人にたとえれば、下田は小人、中田は賢人、上田は聖人です。聖人と賢人と小人とで違いはあっても、もとの性善は同じなので、学べば少しずつ、小人は賢人となり、賢人は聖人となります。これが性は一つであるという証拠です。さて、聖人も賢人も小人も、今日生きて動いているのは呼吸の二つです。この二つを継ぐものを見て取れば、それは形のないもので、万物の本体となるものです。これを名づけて善とおっしゃったのです。この性が善であることは、自分の思慮でうかがい知れるものではありません。孟子の性善は、前に言ったように、悪に対する善ではありません。誤ってはいけません。」
解説

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