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都鄙問答 / 卷之三・性理問答ノ段

孟子ニ與スル儒者モ多ク、且世ノ俗語ニモ、孟子ヲ善ト思フ者多キユヘ、汝ガ心ニモ、實ニ孟子ノ性善ヲ得心致シ、肯フ心ニハアラネドモ、先性ハ善ナリト云テ居ルヽト見ヘタリ、ソレハ學者ノ正直トハイハレマジ、我云如クニ、疑シキハ疑ヒアリトイフコソ、正直ナルベケレ、尤世渡リノ勝手ヲイハヾ惡カラン、然レドモ、心ニ咎ハアルマジト思ヘリ、汝頸ヲ押テ問ナラバ、性善ニハ是ゾト證ハナカルベシ、證ハナケレドモ、先孟子ニ寄因テ、性善ト說觸ラレ候ヤ、

新字:孟子ニ与スル儒者モ多ク、且世ノ俗語ニモ、孟子ヲ善ト思フ者多キユヘ、汝ガ心ニモ、実ニ孟子ノ性善ヲ得心致シ、肯フ心ニハアラネドモ、先性ハ善ナリト云テ居ルヽト見ヘタリ、ソレハ学者ノ正直トハイハレマジ、我云如クニ、疑シキハ疑ヒアリトイフコソ、正直ナルベケレ、尤世渡リノ勝手ヲイハヾ悪カラン、然レドモ、心ニ咎ハアルマジト思ヘリ、汝頸ヲ押テ問ナラバ、性善ニハ是ゾト証ハナカルベシ、証ハナケレドモ、先孟子ニ寄因テ、性善ト説触ラレ候ヤ、

書き下し

孟子に与する儒者も多く、且世の俗語にも、孟子を善と思ふ者多きゆへ、汝が心にも、実に孟子の性善を得心致し、肯ふ心にはあらねども、先性は善なりと云て居るゝと見へたり。それは学者の正直とはいはれまじ。我云如くに、疑しきは疑ひありといふこそ、正直なるべけれ。尤世渡りの勝手をいはゞ悪からん。然れども、心に咎はあるまじと思へり。汝頸を押て問ならば、性善には是ぞと証はなかるべし。証はなけれども、先孟子に寄因て、性善と説触られ候や。

現代語訳

孟子に味方する儒者も多く、世間の言葉でも孟子をよしとする人が多いので、あなたも心の底から孟子の性善に納得してうなずいているわけではないのに、ひとまず性は善だと言っているように見えます。それは学者としての正直とは言えません。わたしのように、疑わしいものは疑わしいと言うことこそ正直でしょう。もちろん世渡りの都合を言えば分が悪いでしょうが、心にやましいところはないと思っています。あなたも首根っこを押さえて問い詰められれば、性善にはこれが証拠だというものはないはずです。証拠はないけれども、ひとまず孟子に寄りかかって性善を説いて回っておられるのですか。」

解説

問う学者は、分からないものは分からないと言うのが学者の正直だと言い、梅岩の性善説は孟子の権威に寄りかかった借り物ではないかと突きます。手厳しい問いですが、実は梅岩自身の立場とも重なります。梅岩は書物の受け売りではなく、自分の心で確かめたことだけを語ると繰り返しているからです。多数派だから、偉い人が言ったからという理由で結論を掲げていないか。会議でも商談でも、自分の言葉に証拠を求められたときに試されるのは、この一点です。

この章句が説くこと

正直性善権威証拠疑い

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