墨子 / 非命中
今夫有命者言曰:我非作之後世也,自昔三代有若言以傳流矣。今故先王對之?曰:夫有命者,不志昔也三代之聖善人與?意亡昔三代之暴不肖人也?何以知之?初之列士卿大夫,慎言知行,此上有以規諌其君長下有以教順其百姓故上有以規諌其君長,下有以教順其百姓。故上得其君長之賞,下得其百姓之譽。列士卿大夫聲聞不廢,傳流至今,而天下皆曰其力也,一
新字:今夫有命者言曰:我非作之後世也,自昔三代有若言以伝流矣。今故先王対之?曰:夫有命者,不志昔也三代之聖善人与?意亡昔三代之暴不肖人也?何以知之?初之列士卿大夫,慎言知行,此上有以規諌其君長下有以教順其百姓故上有以規諌其君長,下有以教順其百姓。故上得其君長之賞,下得其百姓之誉。列士卿大夫声聞不廃,伝流至今,而天下皆曰其力也,一
書き下し
今、夫れ有命者、言いて曰く、「我れ之を後世に作すに非ざるなり。昔三代より若き言有りて以て傳流せり」と。今、故に先王、之に對せんか。曰く、夫れ有命者は、昔の三代の聖善の人を志さざるか。意うに亡くば昔の三代の暴不肖の人か。何を以て之を知る。初めの列士・卿大夫は、言を慎み行を知り、此れ上は以て其の君長を規諌する有り、下は以て其の百姓を教順する有り。故に上は以て其の君長を規諌する有り、下は以て其の百姓を教順する有り。故に上は其の君長の賞を得、下は其の百姓の譽を得。列士・卿大夫の聲聞、廢れず、傳流して今に至る。而して天下、皆な其の力なりと曰う。一
現代語訳
いま運命論者はこう言う。「私が後世に作り出したのではない。昔の三代からこういう言葉があって伝わってきたのだ」。では先王に問うてみよう。運命論を唱えたのは、昔の三代の聖なる善人だったのか。それとも昔の三代の乱暴で至らぬ人だったのか。どうしてそれが分かるか。もとの列士や卿大夫は、言葉を慎み行いをわきまえ、上に対しては主君を諌め、下に対しては民を教え導いた。だから上は主君の賞を得、下は民の誉れを得た。列士や卿大夫の評判は廃れず、今日まで伝わっている。そして世の人はみな、それは本人の力によるものだと言う。
解説
有命の説は「昔から言われている」と、自らの古さを根拠にします。墨子はそれを、では誰が言い出したのか——聖人か、それとも至らぬ者か、と出所の吟味に引き戻します。伝統であること自体は正しさの証明にならない、という切り返しです。なお底本はこの章に語句の重複と脱落があり、末尾が一字で切れています。姿をそのまま残しました。
この章句が説くこと
伝統出所権威根拠吟味
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