都鄙問答 / 卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段
染物屋ノ染違ニ無理セズ、倒レタル人ト、ウナヅキ合テ禮銀ヲ受ケ、負方中間ノ取口ヲ盜マズ、算用極メノ外ニ無理ヲセズ、奢リヲ止メ、道具好ヲセズ、遊興ヲ止メ、普請好ヲセズ、斯ノゴトキ類、盡愼止ル時ハ、一貫目設ル所ヘ、九百目ノ利ヲ得テモ、家ハ心易ク持ルヽ者也、扨利ヲ百目少クトレバ、賣買ノ上ニ、不義ハ有增ナキ者ナリ、譬ヘバ一升ノ水ニ、油一滴入ル時ハ、其一升ノ水、一面ニ油ノ如クニ見ユ、此ヲ以此水用ニタヽズ、賣買ノ利モ如是、百目ノ不義ノ金ガ、九百目ノ金ヲ、皆不義ノ金ニスルナリ、百目ノ不義ノ金ヲ設ケ增、九百目ノ金ヲ不義ノ金トナスハ、油一滴ニヨリテ、一升ノ水ヲ捨ル如クニ、子孫ノ亡ビ往コトヲ知ラザル者多シ、
新字:染物屋ノ染違ニ無理セズ、倒レタル人ト、ウナヅキ合テ礼銀ヲ受ケ、負方中間ノ取口ヲ盗マズ、算用極メノ外ニ無理ヲセズ、奢リヲ止メ、道具好ヲセズ、遊興ヲ止メ、普請好ヲセズ、斯ノゴトキ類、尽慎止ル時ハ、一貫目設ル所ヘ、九百目ノ利ヲ得テモ、家ハ心易ク持ルヽ者也、扨利ヲ百目少クトレバ、売買ノ上ニ、不義ハ有增ナキ者ナリ、譬ヘバ一升ノ水ニ、油一滴入ル時ハ、其一升ノ水、一面ニ油ノ如クニ見ユ、此ヲ以此水用ニタヽズ、売買ノ利モ如是、百目ノ不義ノ金ガ、九百目ノ金ヲ、皆不義ノ金ニスルナリ、百目ノ不義ノ金ヲ設ケ增、九百目ノ金ヲ不義ノ金トナスハ、油一滴ニヨリテ、一升ノ水ヲ捨ル如クニ、子孫ノ亡ビ往コトヲ知ラザル者多シ、
書き下し
染物屋の染め違ひに無理せず、倒れたる人と、うなづき合ひて礼銀を受け、負方中間の取り口を盗まず、算用極めの外に無理をせず、奢りを止め、道具好みをせず、遊興を止め、普請好みをせず、斯くのごとき類、尽く慎み止むる時は、一貫目設くる所へ、九百目の利を得ても、家は心易く持たるる者なり。扨利を百目少なくとれば、売買の上に、不義は有増しなき者なり。譬へば一升の水に、油一滴入る時は、其の一升の水、一面に油の如くに見ゆ。此を以て此の水用にたたず。売買の利もかくのごとし。百目の不義の金が、九百目の金を、皆不義の金にするなり。百目の不義の金を設け増し、九百目の金を不義の金となすは、油一滴によりて、一升の水を捨つる如くに、子孫の亡び往くことを知らざる者多し。
現代語訳
「染物屋の染め違いで無理を言わず、倒産した人となれ合って礼金を受け取り債権者仲間の取り分を盗むようなことをせず、決めた勘定の外で無理をせず、贅沢をやめ、道具道楽をせず、遊興をやめ、普請道楽をしない。このようなことをすべて慎んでやめれば、一貫目もうけていたところで九百目の利を得ても、家は楽に保てるものです。さて、利を百目少なく取れば、売買のうえで不義はほとんどなくなります。たとえば一升の水に油を一滴入れると、その一升の水は一面油のように見え、使いものになりません。売買の利も同じで、百目の不義の金が、九百目の金をすべて不義の金にしてしまうのです。百目の不義の金を余計にもうけて、九百目の金を不義の金にするのは、油一滴のために一升の水を捨てるようなもので、それで子孫が滅びていくことを知らない者が多いのです。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、然らば商人の心得は、如何致して善からんや。答ふ、最前に云へる如くに、一事に因りて、万事を知るを第一とす。一を挙げて云はば、武士たる者、君の為に命を惜しまば、士とは云はれまじ。商人も是を知らば、我が道は明らかなり。我が身を養はるる売り先を、疎末にせずして、真実にすれば、十が八つは、売り先の心に合ふ者なり。売り先の心に合ふやうに、商売に精を入れ勤めなば、渡世に、何んぞ案ずることの有るべき。且つ第一に倹約を守り、是まで一貫目の入用を、七百目にて賄ひ、是迄一貫目有りし利を、九百目あるやうにすべし。売高十貫目の内にて、利銀百目減少し、九百目取らんと思へば、売物が高直なりと尤めらるる気遣ひなし。無きゆゑに心易し。且つ前に云ふ尺違ひの二重の利を取らず、
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段商人も、かやうなることを法となすべきことなり。二重の利を取り、甘き毒を喰ひ、自ら死するやうなること多かるべし。一二を挙げて云はば、ここに絹一疋帯一筋にても、寸尺一二寸も短き物あらんに、織屋の方にては、短きを言ひたて、直段を引くべし。然れども一寸二寸のことなれば、疵にもならず、絹は一疋、帯は一筋にて、一疋一筋の札を付けて売るべきが、尺引きに利を取り、又尺の足る者と同じく利を取るなれば、是二重の利にて、天下御法度の、二升を遣ふに似たる者なり。又染物などは、染め違ひ有れば、少しのことを、大きに云ひたてて直引きし、職人を傷め、誂へたる人よりは、染代を請け取り、職人方へは、渡さざることも有り。これ又二重の利に越えたる悪事なり。総てかやうの類多かるべし。又身上不調につき、買懸り借金の方へ、三分五分の割銀を以て詫言致し、済ますこともありとかや。其の負方の中に、売高多きもの、又猿賢き者は、詫人より礼銀を密々に請け取り、同じく損銀ある体に見せかけて、我は損せざる者ありときく。かやうの紛らはしき盗みをなす者を非と云ふ。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、然らば商人の売買にて、利を得ることは有るべきことなり。其の外に曲げて非なること候や。答ふ、今日世間のありさまに、曲げて非なること多し。ここを以て教へあるなり。実の商人は、敬み為ざること有り。譬へを以て告げん。我幼年の時分に聞きしこと有り。昔或る国に、中頃より水入りになり、農作ならぬ田地あり。其の昔、水も入らざりし時、年貢をかけられし例により、今も少々宛年貢をかけられしに、其の田地に菓を植ゑ、稲作より増しに、よこものなり揚りければ、其の菓に、先君の時より、又運上をかけらるるとかや。君これを難儀に思し召し、是新法を止め、民の害るることを救はんと志したまへども、親殿の時より始められしことなれば、子の身として、改め変ふることを歎きたまひ、
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、然らば売物に利を取らず、元金に売り渡すことを教ゆるや。習ふ者、外には利を取らぬことを学び、内証にては利を取れば、実の教にあらずして、反りて詐りを教ゆると云ふ者なり。如何となれば、元来ならぬことを強ふるによりて、かやうに前後合はざることあり。商人利欲なくしてすむことは、終に聞かざることなり。
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『都鄙問答』卷之一・商人ノ道ヲ問ノ段且つ天下の財宝を通用して、万民の心をやすむるなれば、天地四時流行し、万物育はるると同じく相合はん。此の如くして、富山の如くに至るとも、欲心とはいふべからず。欲心なくして、一銭の費えを惜しみ、青砥左衛門が、五十銭を散じて、十銭を、天下の為に惜しまれし心を味はふべし。此の如くならば、天下公の倹約にもかなひ、天命に合うて福を得べし。福を得て、万民の心を安んずるなれば、天下の百姓といふものにて、常に天下大平を祈るに同じ。且つ御法を守り、我が身を敬むべし。商人といふとも、聖人の道を知らずば、同じ金銀を設けながら、不義の金銀を設け、子孫の絶ゆる理に至るべし。実に子孫を愛せば、道を学びて栄ゆることを致すべし。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、扨商人は貪欲多く、毎々に貪ることを所作となす。夫に無欲の教をなすは、猫に鰹の番をさするに同じ。彼に学問を進むるは、前後つまらぬことなり。其の済まぬことを合点して教ゆる、汝は曲者にあらずや。答ふ、商人の道を知らざる者は、貪ることを勉めて家を亡ぼす。商人の道を知れば、欲心を離れ、仁心を以て勉め、道に合うて栄ゆるを学問の徳とす。