都鄙問答 / 卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段
曰、扨商人ハ貪欲多ク、毎々ニ貪コトヲ所作トナス、夫ニ無欲ノ敎ヲナスハ、猫ニ鰹ノ番ヲサスルニ同ジ、彼ニ學問ヲ進ルハ、前後ツマラヌコトナリ、其濟ヌコトヲ合點シテ敎ル、汝ハ曲者ニアラズヤ、答、商人ノ道ヲ知ラザル者ハ、貪ルコトヲ勉メテ家ヲ亡ス、商人ノ道ヲ知レバ、欲心ヲ離レ、仁心ヲ以テ勉メ、道ニ合テ榮ヲ學問ノ德トス、
新字:曰、扨商人ハ貪欲多ク、毎々ニ貪コトヲ所作トナス、夫ニ無欲ノ教ヲナスハ、猫ニ鰹ノ番ヲサスルニ同ジ、彼ニ学問ヲ進ルハ、前後ツマラヌコトナリ、其済ヌコトヲ合点シテ教ル、汝ハ曲者ニアラズヤ、答、商人ノ道ヲ知ラザル者ハ、貪ルコトヲ勉メテ家ヲ亡ス、商人ノ道ヲ知レバ、欲心ヲ離レ、仁心ヲ以テ勉メ、道ニ合テ栄ヲ学問ノ徳トス、
書き下し
曰く、扨商人は貪欲多く、毎々に貪ることを所作となす。夫に無欲の教をなすは、猫に鰹の番をさするに同じ。彼に学問を進むるは、前後つまらぬことなり。其の済まぬことを合点して教ゆる、汝は曲者にあらずや。答ふ、商人の道を知らざる者は、貪ることを勉めて家を亡ぼす。商人の道を知れば、欲心を離れ、仁心を以て勉め、道に合うて栄ゆるを学問の徳とす。
現代語訳
学者は言いました。「そもそも商人は欲が深く、いつも貪ることを仕事にしている。それに無欲の教えをするのは、猫に鰹の番をさせるようなものだ。商人に学問を勧めるのは筋の通らないことだ。できないとわかっていて教えるあなたは、くせ者ではないか。」梅岩は答えました。「商人の道を知らない者は、貪ることに励んで家を滅ぼします。商人の道を知れば、欲の心を離れ、思いやりの心で励み、道にかなって栄える。それが学問の徳なのです。」
解説
「猫に鰹の番」という俗諺で、商人に無欲を説くのは無理だと学者は言います。梅岩の答えは短く、要点を突いています。貪って家を滅ぼすのは商人の道を知らない者で、道を知る商人は欲心を離れて仁心で働き、しかも栄える。商売と徳は対立しない、道にかなうからこそ長く栄えるのだという主張です。家を保つことを何より重んじた町人社会で、「貪れば家が亡びる」という指摘は強い説得力を持ちました。商家の家訓の多くがこの考え方を受け継いでいます。
この章句が説くこと
貪欲仁心商人家栄える
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、然らば売物に利を取らず、元金に売り渡すことを教ゆるや。習ふ者、外には利を取らぬことを学び、内証にては利を取れば、実の教にあらずして、反りて詐りを教ゆると云ふ者なり。如何となれば、元来ならぬことを強ふるによりて、かやうに前後合はざることあり。商人利欲なくしてすむことは、終に聞かざることなり。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、汝は財宝を舎てて、唯義を上と云ふ。然らば不義を嫌ひて、利ありとも、決してせざるか。答ふ、其の不義を行へば、心の苦となる。苦を離るる為にする学問なれば、奚ぞ不義を以て心を苦しむることをせん。曰く、商人などは、毎々に詐を以て、利を得ることを所作とす。然らば学問などは、決して成るまじきことなるに、汝が方へは、多く商売人相見え候由。汝は此にては此に合せ、彼にては彼に合せて教ゆるなれば、孔子ののたまふ郷原にて徳の賊とは、汝がことなり。学者にあらずして流れを同じうし、汚世にかなうて世に媚びへつらひ、人を誣ひ、己が心を欺く小人なり。門人は是を知らず、汝も学者の中と思はるるは、恥づかしきにあらずや。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段我より人の実不実をみる如く、他よりも又、我が実不実を見ることを知らず。伝に曰く、人の己を視ること其の肺肝を見るが如しと。此の理を知れば、辞を飾らず、ありべかかりに云ふゆゑに、正直ものなりと、何事も任せ頼まるるゆゑに、世話なしに、人一倍も売るものなり。商人は正直に思はれ、打ち解けたるは、互ひに善き者と知るべし。此の味はひは、学問の力なくては知れざる所なり。然るを商人は、学問はいらぬものと云ひて、嫌ひ用ひざることは如何なることぞや。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、然らば商人の売買にて、利を得ることは有るべきことなり。其の外に曲げて非なること候や。答ふ、今日世間のありさまに、曲げて非なること多し。ここを以て教へあるなり。実の商人は、敬み為ざること有り。譬へを以て告げん。我幼年の時分に聞きしこと有り。昔或る国に、中頃より水入りになり、農作ならぬ田地あり。其の昔、水も入らざりし時、年貢をかけられし例により、今も少々宛年貢をかけられしに、其の田地に菓を植ゑ、稲作より増しに、よこものなり揚りければ、其の菓に、先君の時より、又運上をかけらるるとかや。君これを難儀に思し召し、是新法を止め、民の害るることを救はんと志したまへども、親殿の時より始められしことなれば、子の身として、改め変ふることを歎きたまひ、