都鄙問答 / 卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段
商人モ、加樣ナルコトヲ法トナスベキコトナリ、二重ノ利ヲ取リ、甘キ毒ヲ喰ヒ、自死スルヤウナルコト多カルベシ、一二ヲ擧テ云ハヾ、コヽニ絹一疋帶一筋ニテモ、寸尺一二寸モ短キ物アランニ、織屋ノ方ニテハ、短キヲ言タテ、直段ヲ引ベシ、然レドモ一寸二寸ノコトナレバ、疵ニモナラズ、絹ハ一疋、帶ハ一筋ニテ、一疋一筋ノ札ヲ付テ賣ルベキガ、尺引ニ利ヲ取リ、又尺ノ足ル者ト同ク利ヲ取ルナレバ、是二重ノ利ニテ、天下御法度ノ、二升ヲ遣フニ似タル者ナリ、又染物抔ハ、染違ヒ有レバ、少シノコトヲ、大キニ云タテ直引シ、職人ヲ傷メ、誂タル人ヨリハ、染代ヲ請取、職人方ヘハ、渡サヾルコトモ有リ、コレ又二重ノ利ニ越タル惡事ナリ、總テ箇樣ノ類多カルベシ、又身上不調ニツキ、買懸リ借金ノ方ヘ、三分五分ノ割銀ヲ以テ詫言致シ、濟コトモアリトカヤ、其負方ノ中ニ、賣高多キモノ、又猿賢キ者ハ、詫人ヨリ禮銀ヲ密々ニ請取、同ク損銀アル體ニ見セカケテ、我ハ損セザル者アリトキク、箇樣ノ紛ハシキ盜ミヲナス者ヲ非ト云、
新字:商人モ、加様ナルコトヲ法トナスベキコトナリ、二重ノ利ヲ取リ、甘キ毒ヲ喰ヒ、自死スルヤウナルコト多カルベシ、一二ヲ挙テ云ハヾ、コヽニ絹一疋帯一筋ニテモ、寸尺一二寸モ短キ物アランニ、織屋ノ方ニテハ、短キヲ言タテ、直段ヲ引ベシ、然レドモ一寸二寸ノコトナレバ、疵ニモナラズ、絹ハ一疋、帯ハ一筋ニテ、一疋一筋ノ札ヲ付テ売ルベキガ、尺引ニ利ヲ取リ、又尺ノ足ル者ト同ク利ヲ取ルナレバ、是二重ノ利ニテ、天下御法度ノ、二升ヲ遣フニ似タル者ナリ、又染物抔ハ、染違ヒ有レバ、少シノコトヲ、大キニ云タテ直引シ、職人ヲ傷メ、誂タル人ヨリハ、染代ヲ請取、職人方ヘハ、渡サヾルコトモ有リ、コレ又二重ノ利ニ越タル悪事ナリ、総テ箇様ノ類多カルベシ、又身上不調ニツキ、買懸リ借金ノ方ヘ、三分五分ノ割銀ヲ以テ詫言致シ、済コトモアリトカヤ、其負方ノ中ニ、売高多キモノ、又猿賢キ者ハ、詫人ヨリ礼銀ヲ密々ニ請取、同ク損銀アル体ニ見セカケテ、我ハ損セザル者アリトキク、箇様ノ紛ハシキ盗ミヲナス者ヲ非ト云、
書き下し
商人も、かやうなることを法となすべきことなり。二重の利を取り、甘き毒を喰ひ、自ら死するやうなること多かるべし。一二を挙げて云はば、ここに絹一疋帯一筋にても、寸尺一二寸も短き物あらんに、織屋の方にては、短きを言ひたて、直段を引くべし。然れども一寸二寸のことなれば、疵にもならず、絹は一疋、帯は一筋にて、一疋一筋の札を付けて売るべきが、尺引きに利を取り、又尺の足る者と同じく利を取るなれば、是二重の利にて、天下御法度の、二升を遣ふに似たる者なり。又染物などは、染め違ひ有れば、少しのことを、大きに云ひたてて直引きし、職人を傷め、誂へたる人よりは、染代を請け取り、職人方へは、渡さざることも有り。これ又二重の利に越えたる悪事なり。総てかやうの類多かるべし。又身上不調につき、買懸り借金の方へ、三分五分の割銀を以て詫言致し、済ますこともありとかや。其の負方の中に、売高多きもの、又猿賢き者は、詫人より礼銀を密々に請け取り、同じく損銀ある体に見せかけて、我は損せざる者ありときく。かやうの紛らはしき盗みをなす者を非と云ふ。
現代語訳
「商人も、このような話を手本とすべきです。二重の利を取り、甘い毒を食らって自ら死ぬようなことが多いものです。一、二例を挙げれば、絹一疋や帯一筋で寸法が一、二寸短い品があると、仕入れのときは織屋に短さを言い立てて値を引かせる。けれども一、二寸のことなので傷にもならず、一疋・一筋の札をつけて売る。寸法不足で値引きさせて利を取り、しかも寸法の足りた品と同じ利を取るのだから、これは二重の利で、お上の禁じる二種類の升を使い分けるのに似たものです。また染物などは、染め違いがあると少しのことを大げさに言い立てて値引きさせ職人を痛めつけ、注文主からは染代を受け取りながら職人には渡さないこともある。これは二重の利以上の悪事です。すべてこの類は多いものです。また、家計が立ち行かなくなった者が、掛け買いの代金や借金を三割、五割に割り引いて詫びを入れ、決着させることもあるそうです。その債権者の中で、売掛の多い者やずる賢い者は、詫びる本人からひそかに礼金を受け取り、自分も損をしたように見せかけて実は損をしない者がいると聞きます。このような紛らわしい盗みをする者を『非』と言うのです。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、然らば商人の売買にて、利を得ることは有るべきことなり。其の外に曲げて非なること候や。答ふ、今日世間のありさまに、曲げて非なること多し。ここを以て教へあるなり。実の商人は、敬み為ざること有り。譬へを以て告げん。我幼年の時分に聞きしこと有り。昔或る国に、中頃より水入りになり、農作ならぬ田地あり。其の昔、水も入らざりし時、年貢をかけられし例により、今も少々宛年貢をかけられしに、其の田地に菓を植ゑ、稲作より増しに、よこものなり揚りければ、其の菓に、先君の時より、又運上をかけらるるとかや。君これを難儀に思し召し、是新法を止め、民の害るることを救はんと志したまへども、親殿の時より始められしことなれば、子の身として、改め変ふることを歎きたまひ、
-
『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、然らば売物に利を取らず、元金に売り渡すことを教ゆるや。習ふ者、外には利を取らぬことを学び、内証にては利を取れば、実の教にあらずして、反りて詐りを教ゆると云ふ者なり。如何となれば、元来ならぬことを強ふるによりて、かやうに前後合はざることあり。商人利欲なくしてすむことは、終に聞かざることなり。
-
『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、商人の、屏風にならぶほどの直ぐと云ふことは、如何なることぞや。答ふ、凡そ貨を鬻ぐを商と曰ふ。然れば貨を売る中に、禄あることを知るべし。このゆゑに商人は、左の物を右へ取り渡しても、直ぐに利を取るなり。曲げて取るにあらず。口入ればかりする商人を問屋と云ふ。問屋の口銭を取るは、書付を出し置けば、人皆これを見る。鏡に物を移すが如し。隠す処にあらず。直ぐに利を取る証なり。商人は直ぐに利を取るに由りて立つ。直ぐに利を取るは、商人の正直なり。利を取らざるは、商人の道にあらず。ここを以て正しき士は、此の売物は損銀たち候へ共、負けて売らんと云ふ時は買はず。我買うてやるは、汝に利を得させん為なり。汝が合力は受けずと云へり。利を取らざるは、商人の道にあらず。
-
『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段格別の相違、不届きの由申されければ、一人の出入の者の云ふ、拙者ども、御用疎末に仕ること、少しも是なく候。初めて御出入願ひ申すものは、損銀を致してなりとも、最初には差し上げ申し候へども、後の続かざる者に候と云ふ。其の口書をとりて帰さる。又一人を招きて、不届きのよし申し渡されければ、仰せ御尤もに候。拙者儀去年までは、愚父存生にて、御用達し申す所に、愚父相果て候て後、御用拙者に仰せつけさせられ候ところ、拙者こと不調法にして、勝手困窮仕り候ゆゑ、買物調ひかね、先方より高直に売り申し候や、心もと無く存じたてまつり候。且つ御調べなされ候呉服が証拠にて候。高直なる物をさしあげ申す事、殿様の御高恩を忘るると申すものにて御座候。
-
『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段かやうなることをなす者は、甘き毒を喰ひて、自ら死するに同じ。又人の手代にも、かかる邪をなす者多し。是は主人の思ひ寄りなき悪を迎へ、主人に甘き毒を喰はせて、家を絶やす者に同じ。孟子の所謂君の悪に逢ふは其の罪大なりと。然るを主人は、金銀の損さへ少なければ、忠ある者と思ひて、我が身を亡ぼさるることを知らずして、是を喜ぶ。其の根を尋ぬるに、商人は学問はいらぬものなりと云ひて、聞くことをせず、反りて聞く人を笑ふ。実に一疋の鼻のある猿が、九疋の鼻欠け猿に、笑ひ殺さるると云ふに同じ。我賢しと思ふより、不善の道に陥れば、其の家、終には禍来ることを知らず。哀しい哉。易に曰く、積善の家には必ず余慶有り、積不善の家には必ず余殃有り。臣其の君を弑し、子其の父を弑すと。是教の眼なり。聖人の仁心、
-
『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段能く能く味ふべき所なり。聖人斯くのごとく不善を悪みたまふ味はひを知らば、二重の利を取り、二升の似をし、密々の礼を請くることなどは、危うして浮べる雲の如くに思ふべし。是を能く能くつつしむは、只学問の力なり。世間のありさまを見れば、商人のやうに見えて盗人あり。実の商人は、先も立ち、我も立つことを思ふなり。紛れものは、人をだまして其の座をすます。是を一列に云ふべきにはあらず。