都鄙問答 / 卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段
能々味フベキ所ナリ、聖人斯ノゴトク不善ヲ惡玉フ味ヒヲ知ラバ、二重ノ利ヲ取リ、二升ノ似ヲシ、密々ノ禮ヲ請ルコト抔ハ、危フシテ浮ル雲ノ如クニ思フベシ、是ヲ能々ツヽシムハ、只學問ノ力ナリ、世間ノアリサマヲ見レバ、商人ノヤウニ見ヘテ盜人アリ、實ノ商人ハ、先モ立、我モ立ツコトヲ思フナリ、紛レモノハ、人ヲダマシテ其座ヲスマス、是ヲ一列ニ云ベキニハアラズ、
新字:能々味フベキ所ナリ、聖人斯ノゴトク不善ヲ悪玉フ味ヒヲ知ラバ、二重ノ利ヲ取リ、二升ノ似ヲシ、密々ノ礼ヲ請ルコト抔ハ、危フシテ浮ル雲ノ如クニ思フベシ、是ヲ能々ツヽシムハ、只学問ノ力ナリ、世間ノアリサマヲ見レバ、商人ノヤウニ見ヘテ盗人アリ、実ノ商人ハ、先モ立、我モ立ツコトヲ思フナリ、紛レモノハ、人ヲダマシテ其座ヲスマス、是ヲ一列ニ云ベキニハアラズ、
書き下し
能く能く味ふべき所なり。聖人斯くのごとく不善を悪みたまふ味はひを知らば、二重の利を取り、二升の似をし、密々の礼を請くることなどは、危うして浮べる雲の如くに思ふべし。是を能く能くつつしむは、只学問の力なり。世間のありさまを見れば、商人のやうに見えて盗人あり。実の商人は、先も立ち、我も立つことを思ふなり。紛れものは、人をだまして其の座をすます。是を一列に云ふべきにはあらず。
現代語訳
「よくよく味わうべきところです。聖人がこれほど不善を憎まれた気持ちがわかれば、二重の利を取ることも、二種類の升を使い分けるようなまねも、ひそかな礼金を受け取ることも、危うく浮かぶ雲のように思うはずです。これをよくよく慎むのは、ただ学問の力です。世の中を見れば、商人のように見えて盗人である者がいます。本当の商人は、相手も立ち、自分も立つことを考えるのです。まがいものは、人をだましてその場をすませる。この二つを同じに言ってはなりません。」
解説
本書でもっとも広く引かれる一文「実の商人は、先も立ち、我も立つことを思ふなり」がここにあります。取引の相手が立ちゆき、自分も立ちゆくことを願うのが本当の商人で、人をだましてその場をしのぐのは商人の姿をした盗人だ、と梅岩は分けます。「浮べる雲の如し」は論語述而篇の「不義にして富み且つ貴きは、我に於て浮雲の如し」を踏まえた言い回しです。のちに近江商人の「三方よし」などと並んで、日本の商道徳を象徴する言葉として語り継がれてきました。底本のOCRではこの箇所が崩れていたため、二つの後刷り本と照らして直しています。
この章句が説くこと
先も立ち商人正直共存浮雲
関連する章句
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段我より人の実不実をみる如く、他よりも又、我が実不実を見ることを知らず。伝に曰く、人の己を視ること其の肺肝を見るが如しと。此の理を知れば、辞を飾らず、ありべかかりに云ふゆゑに、正直ものなりと、何事も任せ頼まるるゆゑに、世話なしに、人一倍も売るものなり。商人は正直に思はれ、打ち解けたるは、互ひに善き者と知るべし。此の味はひは、学問の力なくては知れざる所なり。然るを商人は、学問はいらぬものと云ひて、嫌ひ用ひざることは如何なることぞや。
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『都鄙問答』卷之一・商人ノ道ヲ問ノ段或商人問ひて曰く、売買は、常に我が身の所作としながら、商人の道にかなふ所の意味、何とも心得がたし。如何なる所を主として、売買渡世を致し然るべく候や。答ふ、商人の其の始めを云はば、古は、其の余りあるものを以て、その足らざるものに易へて、互ひに通用するを以て、本とするとかや。商人は勘定委しくして、今日の渡世を致す者なれば、一銭軽しと云ふべきに非ず。是を重ねて富をなすは、商人の道なり。富の主は天下の人々なり。主の心も、我が心と同じきゆへに、我が一銭を惜しむ心を推して、売物に念を入れ、少しも麁相にせずして売り渡さば、買ふ人の心も、初めは金銀惜しと思へども、代物の能きを以て、その惜しむ心自ら止むべし。惜しむ心を止め、善に化するの外あらんや。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段商人も、かやうなることを法となすべきことなり。二重の利を取り、甘き毒を喰ひ、自ら死するやうなること多かるべし。一二を挙げて云はば、ここに絹一疋帯一筋にても、寸尺一二寸も短き物あらんに、織屋の方にては、短きを言ひたて、直段を引くべし。然れども一寸二寸のことなれば、疵にもならず、絹は一疋、帯は一筋にて、一疋一筋の札を付けて売るべきが、尺引きに利を取り、又尺の足る者と同じく利を取るなれば、是二重の利にて、天下御法度の、二升を遣ふに似たる者なり。又染物などは、染め違ひ有れば、少しのことを、大きに云ひたてて直引きし、職人を傷め、誂へたる人よりは、染代を請け取り、職人方へは、渡さざることも有り。これ又二重の利に越えたる悪事なり。総てかやうの類多かるべし。又身上不調につき、買懸り借金の方へ、三分五分の割銀を以て詫言致し、済ますこともありとかや。其の負方の中に、売高多きもの、又猿賢き者は、詫人より礼銀を密々に請け取り、同じく損銀ある体に見せかけて、我は損せざる者ありときく。かやうの紛らはしき盗みをなす者を非と云ふ。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、然れども世俗に、商人と屏風とは、直ぐにては立たずといへるは、如何なることぞや。答ふ、世俗の言に、かやうなる聞き誤り多し。先づ屏風は少しにてもゆがみあれば畳まれず。此の故に地面平らかならざればたたず。商人もその如く、自然の正直なくしては、人と並び立ちて通用なり難し。これを屏風のすぐにたとへたるものなり。屏風と商人とは、直ぐなれば立つ、曲めばたたぬと云ふことを、取り違へて云へり。古への伯夷の直ぐも、屏風の直ぐに勝ることあるべからず。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、然らば商人の売買にて、利を得ることは有るべきことなり。其の外に曲げて非なること候や。答ふ、今日世間のありさまに、曲げて非なること多し。ここを以て教へあるなり。実の商人は、敬み為ざること有り。譬へを以て告げん。我幼年の時分に聞きしこと有り。昔或る国に、中頃より水入りになり、農作ならぬ田地あり。其の昔、水も入らざりし時、年貢をかけられし例により、今も少々宛年貢をかけられしに、其の田地に菓を植ゑ、稲作より増しに、よこものなり揚りければ、其の菓に、先君の時より、又運上をかけらるるとかや。君これを難儀に思し召し、是新法を止め、民の害るることを救はんと志したまへども、親殿の時より始められしことなれば、子の身として、改め変ふることを歎きたまひ、
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、商人の、屏風にならぶほどの直ぐと云ふことは、如何なることぞや。答ふ、凡そ貨を鬻ぐを商と曰ふ。然れば貨を売る中に、禄あることを知るべし。このゆゑに商人は、左の物を右へ取り渡しても、直ぐに利を取るなり。曲げて取るにあらず。口入ればかりする商人を問屋と云ふ。問屋の口銭を取るは、書付を出し置けば、人皆これを見る。鏡に物を移すが如し。隠す処にあらず。直ぐに利を取る証なり。商人は直ぐに利を取るに由りて立つ。直ぐに利を取るは、商人の正直なり。利を取らざるは、商人の道にあらず。ここを以て正しき士は、此の売物は損銀たち候へ共、負けて売らんと云ふ時は買はず。我買うてやるは、汝に利を得させん為なり。汝が合力は受けずと云へり。利を取らざるは、商人の道にあらず。