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都鄙問答 / 卷之一・商人ノ道ヲ問ノ段

或商人問曰、賣買ハ、常ニ我身ノ所作トシナガラ、商人ノ道ニカナフ所ノ意味、何トモ心得ガタシ、如何ナル所ヲ主トシテ、賣買渡世ヲ致シ然ベク候ヤ、答、商人ノ其始ヲ云バ、古ハ、其餘リアルモノヲ以テ、ソノ不足モノニ易テ、互ニ通用スルヲ以テ、本トスルトカヤ、商人ハ勘定委シクシテ、今日ノ渡世ヲ致ス者ナレバ、一錢輕シト云ベキニ非ズ、是ヲ重テ富ヲナスハ、商人ノ道ナリ、富ノ主ハ天下ノ人々ナリ、主ノ心モ、我ガ心ト同キユヘニ、我一錢ヲ惜ム心ヲ推テ、賣物ニ念ヲ入レ、少シモ麁相ニセズシテ賣渡サバ、買人ノ心モ、初ハ金銀惜シト思ヘドモ、代物ノ能ヲ以テ、ソノ惜ム心自ラ止ムベシ、惜ム心ヲ止、善ニ化スルノ外アランヤ、

新字:或商人問曰、売買ハ、常ニ我身ノ所作トシナガラ、商人ノ道ニカナフ所ノ意味、何トモ心得ガタシ、如何ナル所ヲ主トシテ、売買渡世ヲ致シ然ベク候ヤ、答、商人ノ其始ヲ云バ、古ハ、其余リアルモノヲ以テ、ソノ不足モノニ易テ、互ニ通用スルヲ以テ、本トスルトカヤ、商人ハ勘定委シクシテ、今日ノ渡世ヲ致ス者ナレバ、一銭軽シト云ベキニ非ズ、是ヲ重テ富ヲナスハ、商人ノ道ナリ、富ノ主ハ天下ノ人々ナリ、主ノ心モ、我ガ心ト同キユヘニ、我一銭ヲ惜ム心ヲ推テ、売物ニ念ヲ入レ、少シモ麁相ニセズシテ売渡サバ、買人ノ心モ、初ハ金銀惜シト思ヘドモ、代物ノ能ヲ以テ、ソノ惜ム心自ラ止ムベシ、惜ム心ヲ止、善ニ化スルノ外アランヤ、

書き下し

或商人問ひて曰く、売買は、常に我が身の所作としながら、商人の道にかなふ所の意味、何とも心得がたし。如何なる所を主として、売買渡世を致し然るべく候や。答ふ、商人の其の始めを云はば、古は、其の余りあるものを以て、その足らざるものに易へて、互ひに通用するを以て、本とするとかや。商人は勘定委しくして、今日の渡世を致す者なれば、一銭軽しと云ふべきに非ず。是を重ねて富をなすは、商人の道なり。富の主は天下の人々なり。主の心も、我が心と同じきゆへに、我が一銭を惜しむ心を推して、売物に念を入れ、少しも麁相にせずして売り渡さば、買ふ人の心も、初めは金銀惜しと思へども、代物の能きを以て、その惜しむ心自ら止むべし。惜しむ心を止め、善に化するの外あらんや。

現代語訳

ある商人が尋ねました。「売り買いは毎日わが身の仕事としていながら、それが商人の道にかなうとはどういう意味なのか、どうにも腑に落ちません。何を根本にして商売をしていけばよいのでしょうか。」梅岩は答えました。「商人の始まりを言えば、昔は余っているものを足りないものと取り替えて、互いに融通し合うことが本来の役目だったと聞きます。商人は勘定に細かく、その日その日の暮らしを立てる者ですから、一銭を軽いと言ってはいけません。一銭を積み重ねて富をなすのが商人の道です。富の持ち主は天下の人々です。買う人の心も自分の心と同じですから、自分が一銭を惜しむ心から相手の心を推し量り、売り物に念を入れ、少しも粗末にせずに売り渡せば、買う人も初めは代金を惜しいと思っても、品物の良さによって、その惜しむ心が自然に消えるはずです。惜しむ心を消して、善い方へ変えてあげること以外に、商人の務めがあるでしょうか。」

解説

都鄙問答でもっともよく引かれる段の前半です。梅岩は商人の起こりを「余りと不足の交換」に置き、利を得ること自体を商人の正当な職分として認めました。そのうえで、富の主は天下の人々であり、客も自分と同じく一銭を惜しむ心を持つと言います。自分の惜しむ心から客の心を推し量る、いわば論語の「恕」を商いに当てはめた考え方です。品質に念を入れれば客の惜しむ心は満足に変わる。値引きではなく品物の良さで納得を得るという、顧客満足の原型と読めます。

この章句が説くこと

商人正直一銭顧客商人の道

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