都鄙問答 / 卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段
我ヨリ人ノ實不實ヲミル如ク、他ヨリモ又、我實不實ヲ見ルコトヲ知ラズ、傳曰、人視己如見其肺肝ト、此理ヲ知レバ、辭ヲ飾ズ、アリベカヽリニ云ユヘニ、正直モノナリト、何事モ任セ賴ルヽユヘニ、世話ナシニ、人一倍モ賣モノナリ、商人ハ正直ニ思ハレ、打解タルハ、互ニ善者ト知ルベシ、此味ハ、學問ノ力ナクテハ知レザル所ナリ、然ルヲ商人ハ、學問ハイラヌモノト云テ、嫌ヒ用ザルコトハ如何ナルコトゾヤ、
新字:我ヨリ人ノ実不実ヲミル如ク、他ヨリモ又、我実不実ヲ見ルコトヲ知ラズ、伝曰、人視己如見其肺肝ト、此理ヲ知レバ、辞ヲ飾ズ、アリベカヽリニ云ユヘニ、正直モノナリト、何事モ任セ頼ルヽユヘニ、世話ナシニ、人一倍モ売モノナリ、商人ハ正直ニ思ハレ、打解タルハ、互ニ善者ト知ルベシ、此味ハ、学問ノ力ナクテハ知レザル所ナリ、然ルヲ商人ハ、学問ハイラヌモノト云テ、嫌ヒ用ザルコトハ如何ナルコトゾヤ、
書き下し
我より人の実不実をみる如く、他よりも又、我が実不実を見ることを知らず。伝に曰く、人の己を視ること其の肺肝を見るが如しと。此の理を知れば、辞を飾らず、ありべかかりに云ふゆゑに、正直ものなりと、何事も任せ頼まるるゆゑに、世話なしに、人一倍も売るものなり。商人は正直に思はれ、打ち解けたるは、互ひに善き者と知るべし。此の味はひは、学問の力なくては知れざる所なり。然るを商人は、学問はいらぬものと云ひて、嫌ひ用ひざることは如何なることぞや。
現代語訳
「自分が人の誠実不誠実を見るように、相手もまた自分の誠実不誠実を見ていることに気づかない。大学の伝に『人が自分を見るのは、肺や肝まで見通すようなものだ』とあります。この道理がわかれば、言葉を飾らず、ありのままに言うので、正直者だと何事も任され頼られ、手間をかけずに人の倍も売れるものです。商人は正直だと思われ、打ち解けてもらえるのが、互いに良いことだと知るべきです。この味わいは学問の力がなければわかりません。それなのに商人が、学問などいらないと言って嫌い用いないのはどういうことでしょうか。」
解説
この章句が説くこと
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