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都鄙問答 / 卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段

曰、其詫人ガ禮銀ヲ出シ、埓明ヲ賴ガ惡カ、又禮銀ヲ取リ、事ヲ賴ルヽ者ガ惡キカ、答、其時ハ賴ム人ハ下ナリ、賴ルヽ者ハ上ナリ、賴ム者モ、賴ルヽ者モ罪アリ、然レドモ七分ノ罪ハ上ニアリ、三分ノ罪ハ下ニアリ、昔ヨリ知アル者ハ、上ニ立下ヲ治ム、無知ナル者ハ下ニ立、力ヲ勞シテ上ヲ食フト、孟子モノ玉フ、上ノ淸潔ヲ法トスルハ、古ヨリノ道ナリ、其正ヲマモラズシテ、詫人ト比テ、不義ノ禮銀ヲ取リ、コレモ財ト思フハ、アサマシキコトナリ、下々ニ生ルレバトテ、人ニ替ノ有ルベキヤ、身上不如意ノ者ハ、是非ナク金銀ヲ減少シテ詫ルナリ、負方ハ、身分相應ノ損アリ、其中ニテ、取持顏ツキシテ、禮銀ヲ取ルハ盜人ニ同ジ、

新字:曰、其詫人ガ礼銀ヲ出シ、埓明ヲ頼ガ悪カ、又礼銀ヲ取リ、事ヲ頼ルヽ者ガ悪キカ、答、其時ハ頼ム人ハ下ナリ、頼ルヽ者ハ上ナリ、頼ム者モ、頼ルヽ者モ罪アリ、然レドモ七分ノ罪ハ上ニアリ、三分ノ罪ハ下ニアリ、昔ヨリ知アル者ハ、上ニ立下ヲ治ム、無知ナル者ハ下ニ立、力ヲ労シテ上ヲ食フト、孟子モノ玉フ、上ノ清潔ヲ法トスルハ、古ヨリノ道ナリ、其正ヲマモラズシテ、詫人ト比テ、不義ノ礼銀ヲ取リ、コレモ財ト思フハ、アサマシキコトナリ、下々ニ生ルレバトテ、人ニ替ノ有ルベキヤ、身上不如意ノ者ハ、是非ナク金銀ヲ減少シテ詫ルナリ、負方ハ、身分相応ノ損アリ、其中ニテ、取持顔ツキシテ、礼銀ヲ取ルハ盗人ニ同ジ、

書き下し

曰く、其の詫人が礼銀を出し、埒明けを頼むが悪しきか、又礼銀を取り、事を頼まるる者が悪しきか。答ふ、其の時は頼む人は下なり。頼まるる者は上なり。頼む者も、頼まるる者も罪あり。然れども七分の罪は上にあり、三分の罪は下にあり。昔より知ある者は、上に立ち下を治む。無知なる者は下に立ち、力を労して上を食ふと、孟子ものたまふ。上の清潔を法とするは、古よりの道なり。其の正しきをまもらずして、詫人と比しみて、不義の礼銀を取り、これも財と思ふは、あさましきことなり。下々に生るればとて、人に替りの有るべきや。身上不如意の者は、是非なく金銀を減少して詫ぶるなり。負方は、身分相応の損あり。其の中にて、取り持ち顔つきして、礼銀を取るは盗人に同じ。

現代語訳

学者は言いました。「その詫びる者が礼金を出して決着を頼むのが悪いのですか。それとも礼金を受け取って頼まれる者が悪いのですか。」梅岩は答えました。「その場合、頼む人は下で、頼まれる者は上です。頼む者も頼まれる者も罪がある。けれども罪の七分は上にあり、三分は下にあります。昔から知恵ある者は上に立って下を治め、知恵のない者は下に立って力を使い上を養うと、孟子も言っています。上に立つ者の清廉を手本とするのは古来の道です。その正しさを守らず、詫びる者と馴れ合って不義の礼金を取り、これも財産だと思うのは浅ましいことです。下々に生まれたからといって、人に違いがあるでしょうか。家計の立たない者は、やむなく金額を減らして詫びるのです。債権者たちはそれぞれ相応の損をする。その中で、取り持ち役のような顔をして礼金を取るのは、盗人と同じです。」

解説

贈る側と受ける側のどちらが悪いかという問いに、梅岩は両方に罪があるが七分は上(受け取る側、取り仕切る側)にあると答えます。孟子滕文公上の「心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる」を引き、治める側に立つ者ほど清潔でなければならないという理屈です。窮した債務者はやむなく減額を頼むのであり、債権者たちはみな相応の損をしている。その中で世話役の顔をして礼銀を取るのは盗人と同じだ、と念を押します。立場の強い側に重い責任を置く考え方は、今のコンプライアンスにも通じます。

この章句が説くこと

責任清廉賄賂孟子上に立つ

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