都鄙問答 / 卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段
曰、然ラバ天下一等ニ、元銀ハ是ホド、利ハ是程ト、極メアラバ然ルベシ、ソレニ僞リヲ云ヒ、負テ賣ハイカナルコトゾ、答、賣物ハ、時ノ相場ニヨリ、百目ニ買タル物、九十目ナラデハ賣ザルコトアリ、是ニテハ元銀ニ損アリ、因テ百目ノ物、百二三十目ニモ賣コトモアリ、相場ノ高時ハ强氣ニナリ、下ル時ハ弱氣ニナル、是ハ天ノナス所、商人ノ私ニアラズ、天下ノ御定ノ物ノ外ハ、時々ニクルヒアリ、狂アルハ常ナリ、今朝マデ金一兩ニ一石賣シ米モ、九斗ニ成、小判ハ下リ、米ハ高、又小判ハ高、米ハ下リスルモノナリ、天下第一ノ賣買物是ナリ、其外何ニ限ラズ、日々相場ニ狂ヒアリ、其公ヲ缺テ、私ノ成ベキコトニアラズ、ソレニ一人、
新字:曰、然ラバ天下一等ニ、元銀ハ是ホド、利ハ是程ト、極メアラバ然ルベシ、ソレニ偽リヲ云ヒ、負テ売ハイカナルコトゾ、答、売物ハ、時ノ相場ニヨリ、百目ニ買タル物、九十目ナラデハ売ザルコトアリ、是ニテハ元銀ニ損アリ、因テ百目ノ物、百二三十目ニモ売コトモアリ、相場ノ高時ハ強気ニナリ、下ル時ハ弱気ニナル、是ハ天ノナス所、商人ノ私ニアラズ、天下ノ御定ノ物ノ外ハ、時々ニクルヒアリ、狂アルハ常ナリ、今朝マデ金一両ニ一石売シ米モ、九斗ニ成、小判ハ下リ、米ハ高、又小判ハ高、米ハ下リスルモノナリ、天下第一ノ売買物是ナリ、其外何ニ限ラズ、日々相場ニ狂ヒアリ、其公ヲ欠テ、私ノ成ベキコトニアラズ、ソレニ一人、
書き下し
曰く、然らば天下一等に、元銀は是ほど、利は是程と、極めあらば然るべし。それに偽りを云ひ、負けて売るはいかなることぞ。答ふ、売物は、時の相場により、百目に買ひたる物、九十目ならでは売れざることあり。是にては元銀に損あり。因りて百目の物、百二三十目にも売ることもあり。相場の高き時は強気になり、下る時は弱気になる。是は天のなす所、商人の私にあらず。天下の御定めの物の外は、時々にくるひあり。狂ひあるは常なり。今朝まで金一両に一石売りし米も、九斗に成り、小判は下り、米は高く、又小判は高く、米は下りするものなり。天下第一の売買物是なり。其の外何に限らず、日々相場に狂ひあり。其の公を欠きて、私の成るべきことにあらず。それに一人、
現代語訳
学者は言いました。「それなら天下一律に、元値はこれほど、利はこれほどと決めておけばよい。それなのに偽りを言ったり負けて売ったりするのはどういうことですか。」梅岩は答えました。「品物は時の相場によって、百匁で買った物が九十匁でしか売れないこともあります。これでは元値に損が出ます。逆に百匁の物を百二、三十匁で売ることもある。相場が高いときは強気になり、下がるときは弱気になる。これは天のなすところで、商人の私意ではありません。お上の定めた物のほかは、その時々に狂いがあり、狂うのが常です。今朝まで金一両で一石売っていた米も九斗になり、小判が下がって米が上がり、また小判が上がって米が下がる。天下第一の売買物である米でさえそうです。そのほか何によらず、毎日相場は動きます。この公のものを欠いて、私意で成り立つものではありません。それなのに一人だけ、」
解説

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