都鄙問答 / 卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段
我正直ナル所ヨリ、役人ヲ言掠ル心ナキト、此三ツノ德ヨリ、我身ノ幸トナル、又一人ノ用達ハ、全ク御用疎末ニ仕ラズ、又初メテノ者ハ、損ヲ致シ差上ルナドト云コトハ、世間一等ノ口上ナルガ、其ヲ聞者ノ身ニ替リテ見ヨ、目ニアマルホド、過分ノ違アラバ、實尤ト聞ベキヤ、扨モ座遁ノ僞リヲイフト思フベシ、彌其辯舌ヲ能云ヒマワスホド、聞人コレヲ惡ム、世ノ人賢キヤウナレドモ、實ノ道ヲ學ザルユヘ、我過ノ益コトヲ知ラズ、コヽヲ能味ヒ見バ、眞實ナクテハ叶ハザルコトヲ知ルベシ、多葉粉入一ッ、幾世留一本買トテモ、善惡ハミユル物ナルニ、色々ト云ヒマワスハ、宜カラザル者ナリ、有リベカヽリニ言コトハ善者ナリ、
新字:我正直ナル所ヨリ、役人ヲ言掠ル心ナキト、此三ツノ徳ヨリ、我身ノ幸トナル、又一人ノ用達ハ、全ク御用疎末ニ仕ラズ、又初メテノ者ハ、損ヲ致シ差上ルナドト云コトハ、世間一等ノ口上ナルガ、其ヲ聞者ノ身ニ替リテ見ヨ、目ニアマルホド、過分ノ違アラバ、実尤ト聞ベキヤ、扨モ座遁ノ偽リヲイフト思フベシ、弥其弁舌ヲ能云ヒマワスホド、聞人コレヲ悪ム、世ノ人賢キヤウナレドモ、実ノ道ヲ学ザルユヘ、我過ノ益コトヲ知ラズ、コヽヲ能味ヒ見バ、真実ナクテハ叶ハザルコトヲ知ルベシ、多葉粉入一ッ、幾世留一本買トテモ、善悪ハミユル物ナルニ、色々ト云ヒマワスハ、宜カラザル者ナリ、有リベカヽリニ言コトハ善者ナリ、
書き下し
我正直なる所より、役人を言ひ掠むる心なきと、此の三つの徳より、我が身の幸となる。又一人の用達は、全く御用疎末に仕らず、又初めての者は、損を致し差し上ぐるなどと云ふことは、世間一等の口上なるが、其を聞く者の身に替りて見よ。目にあまるほど、過分の違ひあらば、実に尤もと聞くべきや。扨も座遁れの偽りをいふと思ふべし。弥其の弁舌を能く云ひまはすほど、聞く人これを悪む。世の人賢きやうなれども、実の道を学ばざるゆゑ、我が過ちの益すことを知らず。ここを能く味はひ見ば、真実なくては叶はざることを知るべし。多葉粉入一つ、きせる一本買ふとても、善悪はみゆる物なるに、色々と云ひまはすは、宜しからざる者なり。有りべかかりに言ふことは善き者なり。
現代語訳
「自分が正直であることから役人を言いくるめる心がないこと、この三つの徳から身の幸いとなったのです。一方の御用達の、御用を少しもおろそかにしていない、初めての者は損をして安く出すものだ、という言い分は世間によくある口上ですが、聞く側の身になってみてください。目に余るほどの値の違いがあるのに、もっともだと聞けるでしょうか。その場逃れの嘘を言っていると思うでしょう。弁舌巧みに言い回すほど、聞く人はそれを憎みます。世の人は賢そうに見えても、本当の道を学んでいないので、自分の過ちが増えていくことに気づきません。ここをよく味わえば、真実がなければ通用しないとわかるはずです。たばこ入れ一つ、きせる一本買うにも良し悪しは見えるものなのに、あれこれ言い回すのは良くない者です。ありのままに言うのが良い者です。」
解説
この章句が説くこと
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段今暫く下しおかれ候御扶持にて渡世仕り、一両年の中、家屋舗諸道具等売り払ひ、借銀相済まし、其の上にて御用相勤め申したく候と云ふ。然らば其の口書せよと云ひて、口書をとりて帰さる。其の後評議ありて、一人の用達は身上不如意なる者を手本とし、高利をとり、其の上役人を云ひ掠むる咎ありとて、用事を取りあげられしとかや。又一人は、正直なる申しぶんなり。其の上彼が貧乏は、亡父が奢りの為す所、彼が咎にはあらず。亡父が咎を身に受くる孝心、殿への忠義、彼此後々に至りても、為に成るべき者なりとて、古借を聞き届け合力致し、用向きをこれまでの通りに云ひ附けよと有り。此の正直によつて幸を得たり。これは是殿様の高恩を忘れず、高直なる物を差し上げまじきと思ふ実と、父の奢りを隠す孝と、
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段格別の相違、不届きの由申されければ、一人の出入の者の云ふ、拙者ども、御用疎末に仕ること、少しも是なく候。初めて御出入願ひ申すものは、損銀を致してなりとも、最初には差し上げ申し候へども、後の続かざる者に候と云ふ。其の口書をとりて帰さる。又一人を招きて、不届きのよし申し渡されければ、仰せ御尤もに候。拙者儀去年までは、愚父存生にて、御用達し申す所に、愚父相果て候て後、御用拙者に仰せつけさせられ候ところ、拙者こと不調法にして、勝手困窮仕り候ゆゑ、買物調ひかね、先方より高直に売り申し候や、心もと無く存じたてまつり候。且つ御調べなされ候呉服が証拠にて候。高直なる物をさしあげ申す事、殿様の御高恩を忘るると申すものにて御座候。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段我より人の実不実をみる如く、他よりも又、我が実不実を見ることを知らず。伝に曰く、人の己を視ること其の肺肝を見るが如しと。此の理を知れば、辞を飾らず、ありべかかりに云ふゆゑに、正直ものなりと、何事も任せ頼まるるゆゑに、世話なしに、人一倍も売るものなり。商人は正直に思はれ、打ち解けたるは、互ひに善き者と知るべし。此の味はひは、学問の力なくては知れざる所なり。然るを商人は、学問はいらぬものと云ひて、嫌ひ用ひざることは如何なることぞや。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、然らば商人の心得は、如何致して善からんや。答ふ、最前に云へる如くに、一事に因りて、万事を知るを第一とす。一を挙げて云はば、武士たる者、君の為に命を惜しまば、士とは云はれまじ。商人も是を知らば、我が道は明らかなり。我が身を養はるる売り先を、疎末にせずして、真実にすれば、十が八つは、売り先の心に合ふ者なり。売り先の心に合ふやうに、商売に精を入れ勤めなば、渡世に、何んぞ案ずることの有るべき。且つ第一に倹約を守り、是まで一貫目の入用を、七百目にて賄ひ、是迄一貫目有りし利を、九百目あるやうにすべし。売高十貫目の内にて、利銀百目減少し、九百目取らんと思へば、売物が高直なりと尤めらるる気遣ひなし。無きゆゑに心易し。且つ前に云ふ尺違ひの二重の利を取らず、
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、然らば商人の売買にて、利を得ることは有るべきことなり。其の外に曲げて非なること候や。答ふ、今日世間のありさまに、曲げて非なること多し。ここを以て教へあるなり。実の商人は、敬み為ざること有り。譬へを以て告げん。我幼年の時分に聞きしこと有り。昔或る国に、中頃より水入りになり、農作ならぬ田地あり。其の昔、水も入らざりし時、年貢をかけられし例により、今も少々宛年貢をかけられしに、其の田地に菓を植ゑ、稲作より増しに、よこものなり揚りければ、其の菓に、先君の時より、又運上をかけらるるとかや。君これを難儀に思し召し、是新法を止め、民の害るることを救はんと志したまへども、親殿の時より始められしことなれば、子の身として、改め変ふることを歎きたまひ、
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、扨商人は貪欲多く、毎々に貪ることを所作となす。夫に無欲の教をなすは、猫に鰹の番をさするに同じ。彼に学問を進むるは、前後つまらぬことなり。其の済まぬことを合点して教ゆる、汝は曲者にあらずや。答ふ、商人の道を知らざる者は、貪ることを勉めて家を亡ぼす。商人の道を知れば、欲心を離れ、仁心を以て勉め、道に合うて栄ゆるを学問の徳とす。