都鄙問答 / 卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段
答、詐リニアラズ、詐リニアラザル子細ヲ告ベシ、是ニ君ニ仕ル者アラン、奉祿ヲ受ズシテ、仕ル者有ベキヤ、曰、ソレハ無筈ノコトナリ、孔子孟子トイヘドモ、祿ヲ受ザルハ、禮ニ非ズトノ玉フ、如何ゾ有ベキ、是ハ受ル道ニ因テ受ルナリ、受ル道ニテ受ルヲ、欲心トハイハズ、
新字:答、詐リニアラズ、詐リニアラザル子細ヲ告ベシ、是ニ君ニ仕ル者アラン、奉禄ヲ受ズシテ、仕ル者有ベキヤ、曰、ソレハ無筈ノコトナリ、孔子孟子トイヘドモ、禄ヲ受ザルハ、礼ニ非ズトノ玉フ、如何ゾ有ベキ、是ハ受ル道ニ因テ受ルナリ、受ル道ニテ受ルヲ、欲心トハイハズ、
書き下し
答ふ、詐りにあらず。詐りにあらざる子細を告ぐべし。是に君に仕ふる者あらん。俸禄を受けずして、仕ふる者有るべきや。曰く、それは無き筈のことなり。孔子孟子といへども、禄を受けざるは、礼に非ずとのたまふ。如何ぞ有るべき。是は受くる道に因りて受くるなり。受くる道にて受くるを、欲心とはいはず。
現代語訳
梅岩は答えました。「偽りではありません。偽りでない理由をお話ししましょう。ここに主君に仕える者がいるとします。俸禄を受けずに仕える者がいるでしょうか。」学者は言いました。「それはあるはずのないことです。孔子や孟子でさえ、禄を受けないのは礼にかなわないと言っています。どうしてそんなことがあるでしょう。これは受けるべき道によって受けるのです。道によって受けるものを、欲心とは言いません。」
解説
梅岩は正面から答える前に、相手に問いを返します。主君に仕える武士で、俸禄を受けずに仕える者がいるか。学者は当然いないと答え、孔子・孟子も禄を受けないのは礼にかなわないと言った、道によって受ける禄は欲心ではない、と自ら述べてしまいます。孟子には、受けるべきでない贈り物は断り、受けるべき禄は受けたという問答が繰り返し出てきます。相手の口から「道によって受けるものは欲ではない」という原則を引き出したところで、梅岩は次にそれを商人の利に当てはめます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
俸禄礼欲心受ける道孟子
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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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