都鄙問答 / 卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段
又問、性、理ヲ知レバ、時ノ宜キニ合ト云、其時ニ宜キト云ハ、行ヒ難キコトナリ、然ルヲ汝ハ易ガ如ク云ヘリ、夫ハ我ガ爲ニ宜キカ、人ノ爲ニ宜キカ、答、宜キト云ハ、其座、雙方トモニ宜キヲ云、曰、雙方トモニヨロシキコト有ルベカラズ、譬ヘテ云フベシ、先コヽニ木綿一疋買、汝ト是ヲ半分ヅツ分テ取ンニ、汝モ織カケノヨキ所ヲ望ム、我モ織カケノ能所ヲノゾム、コノ理ハ、木綿ノコトニ限ラズ、萬事ニワタルベシ、又奉公人ヲ抱、或ハ役目等ノ事ニ附テモ、同日ニ來ル者、同ジ役目ヲ云ツクル時ニ、凡テ一方ヲ上ニ立テ、一方ヲ下ニ立ル、其上ニ立ツ人ハ宜カラン、下ニ立ツ人ハ快カラズ、不足アルベシ、是ヲ以テ見バ、兔角雙方トモニ宜キ事ハナラザルコトナリ、
新字:又問、性、理ヲ知レバ、時ノ宜キニ合ト云、其時ニ宜キト云ハ、行ヒ難キコトナリ、然ルヲ汝ハ易ガ如ク云ヘリ、夫ハ我ガ為ニ宜キカ、人ノ為ニ宜キカ、答、宜キト云ハ、其座、双方トモニ宜キヲ云、曰、双方トモニヨロシキコト有ルベカラズ、譬ヘテ云フベシ、先コヽニ木綿一疋買、汝ト是ヲ半分ヅツ分テ取ンニ、汝モ織カケノヨキ所ヲ望ム、我モ織カケノ能所ヲノゾム、コノ理ハ、木綿ノコトニ限ラズ、万事ニワタルベシ、又奉公人ヲ抱、或ハ役目等ノ事ニ附テモ、同日ニ来ル者、同ジ役目ヲ云ツクル時ニ、凡テ一方ヲ上ニ立テ、一方ヲ下ニ立ル、其上ニ立ツ人ハ宜カラン、下ニ立ツ人ハ快カラズ、不足アルベシ、是ヲ以テ見バ、兔角双方トモニ宜キ事ハナラザルコトナリ、
書き下し
又問ふ、性、理を知れば、時の宜しきに合ふと云ふ。其の時に宜しきと云ふは、行ひ難きことなり。然るを汝は易きが如く云へり。夫は我が為に宜しきか、人の為に宜しきか。答ふ、宜しきと云ふは、其の座、双方ともに宜しきを云ふ。曰く、双方ともによろしきこと有るべからず。譬へて云ふべし。先づここに木綿一疋買ひ、汝と是を半分づつ分けて取らんに、汝も織りかけのよき所を望む、我も織りかけの能き所をのぞむ。この理は、木綿のことに限らず、万事にわたるべし。又奉公人を抱へ、或は役目等の事に附きても、同日に来る者、同じ役目を云ひつくる時に、凡て一方を上に立て、一方を下に立つる。其の上に立つ人は宜しからん、下に立つ人は快からず、不足あるべし。是を以て見れば、兎角双方ともに宜しき事はならざることなり。
現代語訳
学者はさらに問いました。「性と理を知れば時にかなうと言うが、時にかなうというのは難しいことです。それをあなたはたやすいことのように言う。それは自分にとって宜しいのですか、相手にとって宜しいのですか。」梅岩は答えました。「宜しいとは、その場で双方ともに宜しいことを言います。」学者は言いました。「双方ともに宜しいことなどあるはずがない。たとえで言いましょう。ここに木綿を一疋買って、あなたと半分ずつ分けるとします。あなたも織り始めの良いところを望み、わたしも良いところを望む。この道理は木綿に限らず何事にも当てはまります。また奉公人を雇ったり役目を与えたりするとき、同じ日に来た者に同じ役目を言いつけても、必ず一方を上に、一方を下に立てることになる。上に立った人は満足でも、下に立った人は面白くなく、不満が残るでしょう。これを見れば、とにかく双方ともに宜しいということは成り立たないのです。」
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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『格言聯璧』處事類・言を建つる者は身を利害の中に設く其の身を是非の外に置きて、而る後に以て是非の中を折むべし。 其の身を利害の外に置きて、而る後に以て利害の變を觀るべし。 事に任ずる者は、當に身を利害の外に置くべし。 言を建つる者は、當に身を利害の中に設くべし。
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『長短経』利害諸将、首虜を殺し、留まりて賀し、因りて信に問いて曰く「兵法に『山陵を右背にし、水沢を前左にす』と。今者、将軍は臣等をして反りて背水の陣をなさしめ、曰く『趙を破りて会食せん』と。時に臣等服せず。然れども竟に以て勝つ。此れ何の術ぞや」と。信曰く「此れ兵法の中に在り、顧だ諸君察せざるのみ。兵法に曰わずや『之を死地に陥れて而る後に生き、之を亡地に置きて而る後に存す』と〔夫れ死地に処るは、力均しく勢い敵するを謂う。死地を以て勝ちを取るは可なり。若し至弱を以て至強に当たり、弱兵を死地に投ずれば、自ら陥ることを貽すなり。故に孫子曰く「兵恐るれば、救うべからず」と。又た経に曰く「大衆害に陥りて、然る後に能く勝敗を為す」と。是に知る、死地の機は、必ず大衆を用うるなり〕。且つ信は能く素より士大夫を撫循するに非ず。所謂市人を駆りて戦わしむるなり。其の勢い之を死地に置きて、人人をして自ら戦いを為さしむるに非ずんば、今之に生地を与えば、皆走らん。寧んぞ尚お得て之を用うべけんや」と。諸将曰く「善し。及ぶ所に非ざるなり」と。
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『長短経』利害孫子曰く「之を死地に陥れて而る後に生き、之を亡地に投じて而る後に存す」と。又た曰く「利に雑えて務め伸ぶべく、害に雑えて患い解くべし」と。何を以て之を明らかにせん。漢の将韓信、趙を攻む。趙は兵を井陘口に盛んにす。信乃ち兵を引きて未だ井陘口に至らざること三十里にして、止まり舎す。夜半に伝え発し、軽騎二千人を選び、一赤幟を持たしめ、間道より山に萆れて〔音は蔽〕趙の軍を望見せしむ。之を誡めて曰く「趙は吾が走るを見ば、必ず壁を空しくして吾を逐わん。若疾く趙の壁に入り、趙の幟を抜きて、漢の赤幟を立てよ」と。其の裨将をして飱を伝えしめて曰く「今日趙を破りて会食せん」と。諸将皆信ずる莫く、佯り応じて曰く「諾」と。信、軍吏に謂いて曰く「趙は已に先に便地に拠りて壁を為す。且つ彼は未だ我が大将の旗鼓を見ずんば、未だ肯えて前行を撃たず。吾が阻険に至りて還らんことを恐るればなり」と。信乃ち万人をして出でて、背水の陣を行わしむ。趙の軍望見して、大いに之を笑う。〔太公曰く「智衆と同じきは、人の師に非ざるなり。伎衆と同じきは、国士に非ざるなり。動くこと不意より神なるは莫く、勝つこと不識より大なるは莫し」と。趙の軍をして韓信の勢いを識らしめば、安んぞ敗るるを得んや。故に之を笑いて敗るるなり。〕
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『長短経』利害平旦、信は大将の旗鼓を建て、鼓行して井陘口を出づ。趙、壁を開きて之を攻撃し、大いに戦うこと良久し。是に於て信と張耳とは旗鼓を棄て、水上に走る。水上の軍、壁を開きて之を入れ、復た疾く戦う。趙は壁を空しくして漢の旗鼓を争い、韓信・張耳を逐う。韓信・張耳已に水上の軍に入る。軍皆殊死して戦い、敗るべからず。信の出だす所の奇兵二千騎、共に趙の壁を空しくして利を逐うを候い、則ち馳せて趙の壁に入り、皆趙の幟を抜き、漢の赤幟二千を立つ。趙の軍、信等を得ずして、還りて壁に帰らんと欲するに、壁皆漢の赤幟なり。而して大いに驚き〔太公曰く「夫れ両陣の間に、俾陣を出だす。卒を縦にし行を乱す者は、変を為す所以なり」と。此の謂いなり〕、以為えらく漢は皆已に趙の主将を得たりと。遂に乱れて遁走す。趙の将撃ちて之を斬ると雖も、禁ずること能わざるなり〔孫子曰く「治を以て乱を待ち、静を以て譁を待つ。此れ心を治むる者なり」と。夫れ衆心已に乱るれば、良将有りと雖も、亦た之が為に計ること能わず〕。是に於て漢兵夾撃し、大いに之を破り、成安君を泜水の上に斬り、趙王歇を擒にす。
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孫子・九変篇是の故に智者の慮は、必ず利害に雑う。利に雑えて務め信なる可きなり。害に雑えて患い解く可きなり。
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『韓非子』六反第四十六今上下の接は、子父の沢無し、而るに義を行ひて以て下を禁ぜんと欲すれば、則ち交必ず郄有り。且つ父母の子に於けるや、男を産めば則ち相賀し、女を産めば則ち之を殺す。此れ倶に父母の懐袵より出づ、然れども男子は賀を受け、女子は之を殺す者は、其の後便を慮り、之を長利に計ればなり。故に父母の子に於けるや、猶ほ計算の心を用ひて以て相待つなり、而るを況んや父子の沢無きをや。今学者の人主に説くや、皆利を求むるの心を去り、相愛するの道に出でしむ、是れ人主の父母の親に過ぎんことを求むるなり、此れ恩を論ずるに熟せず、詐にして誣ふるなり、故に明主は受けざるなり。