格言聯璧 / 處事類・言を建つる者は身を利害の中に設く
置其身於是非外,而後可以折是非之中。 置其身於利害之外,而後可以觀利害之變。 任事者,當置身利害之外。 建言者,當設身利害之中。
新字:置其身於是非外,而後可以折是非之中。 置其身於利害之外,而後可以観利害之変。 任事者,当置身利害之外。 建言者,当設身利害之中。
書き下し
其の身を是非の外に置きて、而る後に以て是非の中を折むべし。 其の身を利害の外に置きて、而る後に以て利害の變を觀るべし。 事に任ずる者は、當に身を利害の外に置くべし。 言を建つる者は、當に身を利害の中に設くべし。
現代語訳
自分の身を是非の争いの外に置いてこそ、是非の真ん中を判断することができます。 自分の身を利害の外に置いてこそ、利害の移り変わりを見ることができます。 事を任された者は、身を利害の外に置くべきです。 意見を申し立てる者は、身を利害の中に置いて考えるべきです。
解説
前の単位の「心無き者は公、我無き者は明」を受け、立ち位置が判断を左右することを説いた則です。前の対句は、是非や利害の外に身を置いてこそ公平な判断ができ、変化が見えると言います。折中は、偏らずに正しく判断することです。後の対句は一見逆のことを言っていて、事を担う者は私利を離れよ、しかし意見を述べる者は当事者の身になって考えよ、と使い分けます。実行する人は利害から自由であるべきですが、提案する人が外から勝手なことを言えば、現場に通じない空論になるからです。意見を言うときは当事者の立場に立ち、決めて実行するときは自分の損得から離れる、という二つの姿勢を持ちたいものです。
この章句が説くこと
処事公平利害提言無私
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