都鄙問答 / 卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段
加樣ノ手代出來ルトモ、汝イヽブンハ無ハヅナリ、然ルニ引負セシ手代アラバ、請人ニアヅケ、難義ヲサスベシ、如此主從トモニ放埓ニテ惡事ヲナサバ、汝ノ家ヲ亡スコトモ、目下ナルベシ、子言衞靈公之無道也、康子曰、夫如是奚而不喪、孔子曰、仲叔圉治賓客、祝鮀治宗廟、王孫賈治軍旅、如是奚其喪トノ玉フ、靈公無道ナレドモ、三人ノ臣ヲ用ユルユヘニ、國ヲ有テリ、汝ガ家ニ禪門アルハ、衞ニ三人ノ臣アルガ如シ、然ルニ禪門死センコトヲ願フ、禪門死セバ、專ラ汝ガ令ニ從ヒ、終ニハ家ヲ亡ベシ、然レドモ心ハ是變易ナリ、汝今マデノ過ヲ得心シテ改ルトキハ、忽チ變ジテ善トナリ、孝トナルベシ、語曰、不恆其德或承之羞、子曰不占而已矣ト說玉ヘリ、汝ガ占ヒ、此ノ所ニテ有ルベシ、コレマデノ所作ヲ占ヒ變モノナラバ、人ノ進ムル羞ヲ免レ、子タル道ニ入テ、家榮長久ナルベシ、
新字:加様ノ手代出来ルトモ、汝イヽブンハ無ハヅナリ、然ルニ引負セシ手代アラバ、請人ニアヅケ、難義ヲサスベシ、如此主従トモニ放埓ニテ悪事ヲナサバ、汝ノ家ヲ亡スコトモ、目下ナルベシ、子言衛霊公之無道也、康子曰、夫如是奚而不喪、孔子曰、仲叔圉治賓客、祝鮀治宗廟、王孫賈治軍旅、如是奚其喪トノ玉フ、霊公無道ナレドモ、三人ノ臣ヲ用ユルユヘニ、国ヲ有テリ、汝ガ家ニ禅門アルハ、衛ニ三人ノ臣アルガ如シ、然ルニ禅門死センコトヲ願フ、禅門死セバ、専ラ汝ガ令ニ従ヒ、終ニハ家ヲ亡ベシ、然レドモ心ハ是変易ナリ、汝今マデノ過ヲ得心シテ改ルトキハ、忽チ変ジテ善トナリ、孝トナルベシ、語曰、不恒其徳或承之羞、子曰不占而已矣ト説玉ヘリ、汝ガ占ヒ、此ノ所ニテ有ルベシ、コレマデノ所作ヲ占ヒ変モノナラバ、人ノ進ムル羞ヲ免レ、子タル道ニ入テ、家栄長久ナルベシ、
書き下し
加様の手代出来るとも、汝いひぶんは無きはづなり。然るに引負せし手代あらば、請人にあづけ、難義をさすべし。此の如く主従ともに放埒にて悪事をなさば、汝の家を亡すことも、目下なるべし。子衛の霊公の無道を言ふ。康子曰く、夫れ是の如くにして奚ぞ喪びざると。孔子曰く、仲叔圉賓客を治め、祝鮀宗廟を治め、王孫賈軍旅を治む。是の如くんば奚ぞ其れ喪びんとの玉ふ。霊公無道なれども、三人の臣を用ゆるゆへに、国を有てり。汝が家に禅門あるは、衛に三人の臣あるが如し。然るに禅門死せんことを願ふ。禅門死せば、専ら汝が令に従ひ、終には家を亡ぼすべし。然れども心は是変易なり。汝今までの過ちを得心して改むるときは、忽ち変じて善となり、孝となるべし。語に曰く、其の徳を恒にせざれば或は之に羞を承けんと。子曰く、占はざるのみと説き玉へり。汝が占ひ、此の所にて有るべし。これまでの所作を占ひ変ずるものならば、人の進むる羞を免れ、子たる道に入りて、家栄え長久なるべし。
現代語訳
「そんな手代が出てきても、あなたには言い分がないはずです。それなのに使い込んだ手代がいれば、保証人に引き渡して難儀をさせるでしょう。このように主従ともに放埒で悪事をしていれば、あなたの家が滅びるのも目前です。孔子が衛の霊公の無道を語ったとき、季康子が『それほど無道なのに、どうして国を失わないのですか』と問うと、孔子は『仲叔圉が賓客を、祝鮀が宗廟を、王孫賈が軍事を治めている。それでどうして国を失おうか』とおっしゃいました。霊公は無道でも、三人の臣を用いたので国を保ったのです。あなたの家に禅門がいるのは、衛に三人の臣がいるのと同じです。それなのに禅門の死を願う。禅門が死ねば、みなあなたの命令に従うだけになり、ついには家を滅ぼすでしょう。けれども、心は変わりうるものです。これまでの過ちを納得して改めれば、たちまち変わって善となり、孝となるでしょう。『論語』に『その徳を常に保たなければ、恥を受けることになる』とあり、孔子は『それは占うまでもない』とおっしゃいました。あなたの占いは、ここにあるのです。これまでの振る舞いを占って改めるなら、人から受ける恥を免れ、子としての道に入り、家は栄えて長く続くでしょう。」
解説

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『翁問答』上卷之本此宝は天に在ては天の道となり、地に在ては地の道となるは、元来名はなき物なれ共、衆生に教へ示さん為めに、昔しの聖人其光景をかたどりて、孝と名付け玉ふ、夫よりこの方愚痴不肖の賤男賤女に至る迄も、其名をば知ると云共、其真実の道理は、老師宿儒知見抜群の人さへ悟り得る事稀なり、然る故に世俗孝は親に事ふる一事となして、浅近の道理なりと思へり、孔子嘆かはしく思召して、万世の盲聾を開かん為めに、孝徳神妙不測広大深遠にして、無始無終の神道を孝経に発明し玉ふ、孝徳の感通を手近く名付け言へば、愛敬の二字に極まれり、愛は懇に親しむ心なり、敬は上をうやまひ下を軽しめ侮らざる義なり、孝は譬へば明なる鏡の如し、向ふ物の形と色とに因て、鏡の中の影は品々かはれ共、明らかに写す鏡の体は同じ者なり、其如く父子君臣の人倫に相交ることは、千々万々品変れ共、愛敬の至徳は通せざる所なし、
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『十善法語』巻第五・不綺語戒若或ハ父母カ悪事ニ随順シテ止ヌコトアレハ。此ハ変ト知ヘシ。其時ニハ事ノ軽重。時ノ進不ヲ斟酌スヘキコトシヤ。自心ノ及ハヌ処ハ。智者明師ノ指示ヲ受ルガヨイ。要ヲ取テ云ハ。此孝道。思惟度量シテ別ニムツカシキ一法ヲ造作スルナラス。唯子タル者ノ平生安ンスル処。コレヲ孝ノ道ト云。何故ニ如是ソ。此父母コレ我自性善根ノ開発セル儀シヤ。若業障深キ衆生ハ父母ノ名字タモ聞コトナラヌシヤ。梵網経ニ。若有犯者不得現身発菩提心。乃至二却三却不聞父母三宝名字トアル。余経ニ。夢ニ父母師僧ヲミル。皆福分ノアル処ト云。魚ノ水中ニ游フ如ク。鳥ノ空中ニ飛カ如ク。孝子順孫ノ父母王母ノ膝下ニアル。此ニ同シ。実実ニカクノ如クナラバ。地中ニ金一釜ヲ得ズトモ或ハ冬時筍ヲ得ストモ。孝道全トス。世ニ不孝ノ子アル。或ハ功利名誉ニ蔽ハル。或ハ博奕婬酒ニ蔽ハル。ミナ宿悪深重ノナス所ト知ルヘキシヤ。