都鄙問答 / 卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段
小者ヲ打擲シ血ヲ出ストキ、兩親ノ心ヲ察セヨ、人ノ子ニ疵ヲツクレバ、ソノ疵ヲ恐ルヽノミナラズ、若シ死スルトキハ、汝ノ命ヲ取レンコトヲ恐レテ苦ムナリ、喩バ魏ノ文帝ノ時、凌雲臺ヲ築レ、額ヲカヽセンタメ、韋誕ト云者ヲ、籠ニ入レ引上ゲラレシ、其高サ、地ヲ去ルコト二十五丈ナリ、既ニ下レバ、黑カリシ髪モ、忽ニ白髪トナレリト、只此一事ノ恐レナレドモ、時ノ間ニ白髪トナル、汝ノ兩親モヲソレ傷コト、身ニ釘ヲウタルヽガ如シ、五年ノトシモ一度ニ寄ラン、老ハ卽死ノ本ナリ、刃ヲ以弑ズトモ、殺ニナンゾ替リアラン、其小者直ニ死スルコトアラバ、汝ガ身ニ及ブベシ、左アラバ一朝ノ忿ニ、ソノ身ヲ忘テ以テ其親ニ及ス、不孝是ヨリ大ナルハナシ、
新字:小者ヲ打擲シ血ヲ出ストキ、両親ノ心ヲ察セヨ、人ノ子ニ疵ヲツクレバ、ソノ疵ヲ恐ルヽノミナラズ、若シ死スルトキハ、汝ノ命ヲ取レンコトヲ恐レテ苦ムナリ、喩バ魏ノ文帝ノ時、凌雲台ヲ築レ、額ヲカヽセンタメ、韋誕ト云者ヲ、籠ニ入レ引上ゲラレシ、其高サ、地ヲ去ルコト二十五丈ナリ、既ニ下レバ、黒カリシ髪モ、忽ニ白髪トナレリト、只此一事ノ恐レナレドモ、時ノ間ニ白髪トナル、汝ノ両親モヲソレ傷コト、身ニ釘ヲウタルヽガ如シ、五年ノトシモ一度ニ寄ラン、老ハ即死ノ本ナリ、刃ヲ以弑ズトモ、殺ニナンゾ替リアラン、其小者直ニ死スルコトアラバ、汝ガ身ニ及ブベシ、左アラバ一朝ノ忿ニ、ソノ身ヲ忘テ以テ其親ニ及ス、不孝是ヨリ大ナルハナシ、
書き下し
小者を打擲し血を出すとき、両親の心を察せよ。人の子に疵をつくれば、その疵を恐るゝのみならず、若し死するときは、汝の命を取られんことを恐れて苦しむなり。喩へば魏の文帝の時、凌雲台を築かれ、額をかゝせんため、韋誕と云ふ者を、籠に入れ引き上げられし。其高さ、地を去ること二十五丈なり。既に下れば、黒かりし髪も、忽ちに白髪となれりと。只此一事の恐れなれども、時の間に白髪となる。汝の両親もおそれ傷むこと、身に釘をうたるゝが如し。五年のとしも一度に寄らん。老いは即ち死の本なり。刃を以て弑せずとも、殺すになんぞ替りあらん。其小者直に死することあらば、汝が身に及ぶべし。左あらば一朝の忿りに、その身を忘れて以て其親に及ぼす。不孝是より大なるはなし。
現代語訳
「小者を殴って血を流させたとき、両親の心を察しなさい。人の子に傷を負わせれば、その傷を恐れるだけでなく、もし死んだらあなたの命を取られるのではないかと恐れて苦しむのです。たとえば魏の文帝の時代に凌雲台を築き、額の字を書かせるために韋誕という人を籠に入れて引き上げました。高さは地上から二十五丈(約七十五メートル)もあり、下ろされたときには、黒かった髪がたちまち白髪になっていたといいます。この一つの恐れだけで、わずかの間に白髪になるのです。あなたの両親が恐れ痛むことは、身に釘を打たれるようなものです。五年分の年も一度に寄るでしょう。老いは死のもとです。刃で殺さなくても、殺すのと何が違うでしょう。その小者がすぐに死ぬようなことがあれば、あなたの身に及びます。そうなれば、一朝の怒りに我が身を忘れ、その害を親にまで及ぼすことになります。これより大きな不孝はありません。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段加様の手代出来るとも、汝いひぶんは無きはづなり。然るに引負せし手代あらば、請人にあづけ、難義をさすべし。此の如く主従ともに放埒にて悪事をなさば、汝の家を亡すことも、目下なるべし。子衛の霊公の無道を言ふ。康子曰く、夫れ是の如くにして奚ぞ喪びざると。孔子曰く、仲叔圉賓客を治め、祝鮀宗廟を治め、王孫賈軍旅を治む。是の如くんば奚ぞ其れ喪びんとの玉ふ。霊公無道なれども、三人の臣を用ゆるゆへに、国を有てり。汝が家に禅門あるは、衛に三人の臣あるが如し。然るに禅門死せんことを願ふ。禅門死せば、専ら汝が令に従ひ、終には家を亡ぼすべし。然れども心は是変易なり。汝今までの過ちを得心して改むるときは、忽ち変じて善となり、孝となるべし。語に曰く、其の徳を恒にせざれば或は之に羞を承けんと。子曰く、占はざるのみと説き玉へり。汝が占ひ、此の所にて有るべし。これまでの所作を占ひ変ずるものならば、人の進むる羞を免れ、子たる道に入りて、家栄え長久なるべし。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段答ふ、汝遊興に出づること、邂逅のことゆへ、父母を夜更けまで待たせ置きても、苦しからずと云へり。先づ親に事まつる者は、夕には遅く寝、朝には早く起きて、父母の安否を問ふは子の道なり。それに汝は、身の遊興の為に、寒暑の苦しみもかまはず、夜更くるまで両親を待たせ置き、快く遊興せられ候や。総て待つことは、退屈なるものなり。それは待つ計りのことなり。両親は汝の帰られし顔を見るまでは、酒などが過ぎはせぬか、喧嘩にてもしはせぬか、寒くは無きか、風ひきはせまひかと、色々品々に思ひ煩ふ。且に内徒の者の心までを推しはかり、是ほど夜更しせらるゝを、両親は、いふことは成らぬかと思ふべきとの心遣ひ、又下女や小者は草臥れて、最早八つも過ぐるなど、つぶやくを聞く時は、心を傷ることも多かるべし。其苦しみ傷るゝことを知らず、父母を夜更くるまで待たせおき、翌日は勝手に寝らるゝとは、いかに愚かなればとて、左様の不孝をなし、父母の志を害ふことぞや。扠又汝は、家業のことは、如何心得いられ候や。
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『都鄙問答』卷之一・孝ノ道ヲ問ノ段父母の心を痛ましむるほどの不孝はなかるべし。昔衛に宣公と云ふ君あり。其の嫡子を仮と云ふ。後に又宣公、斉国より宣姜を妻とす。宣姜二人の子を産めり。兄を寿と云ひ、弟を朔と云ふ。宣姜と朔と二人して、仮がことを、宣公に讒に言ひなしければ、宣公宣姜に溺れて仮を悪み、斉の国につかはし、賊をして路に待ちうけて殺さしめんとす。寿、これは母と朔とが悪事なりと知りて、兄の仮に告げ、命を助けんと思へり。仮が曰く、父の命なり、逃ぐべきにあらずと云ひて聞き入れず。寿せんかたなく、仮が斉に使ひする験の旌を窃かに執りて、兄の身に代はり、死せん為に先へゆく。賊あやまつてこれを殺す。後より仮至りて曰く、父の命なり、我を殺せ、寿に何の罪やあらん。賊又仮を殺す。仮は父の命を守り、又宣姜の悪事を見さず、我が身を亡ぼしても逆ふことなし。汝は少々の金銀にて父母の命にさかひ、己が欲心を以て、親の心を傷む。聖賢の孝行より、汝が仕形を見る時は、木石に異ならず。退きて工夫せらるべし。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、私生質短気に御座候。これはなほし申し度く候へども、生質ゆへ是非なく候。然れども両親世話に成りしことは、只一度田舎の小者を抱へ置きしに、不調法者ゆへ、或時打擲いたし候ところ、疵附き泣き苦しむを漸くしづめ、其疵愈えざる内に、在所へ帰らんと云ふ。夫ゆへ両親も手代共も、是には迷惑いたし候。その後は、左様のことは御座なく候。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段如何となれば、紂王は、我を助け諫むる者の胸をさく。汝は家を思ふ手代の心を痛ましむ。是忠義の者を害ふこと、紂王に、なんぞ替りあらん。恐るべきことなり。人たる道を以て云はゞ、其一日遣ひ費す金銀を、家内の者に恵まば、汝が志を神の如くに思ふべし。家内の者に、神の如くに思はれなば、主人の法と成るべきに、汝ごとき者は、必ず内にては吝きものなり。両親は是を見て、あの細さにては、多分の金は遣ふまじと思ひ居て、津波に値ひたる如く、家屋鋪一度に取らるゝ時のいたましさよ。扠又右のことを、供の小者や男どもは、家内にて物語は致さず候や。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段答ふ、汝の云へる所、子たる者の道に背けり。易に、家人に厳君ありと云へり。妻子より云はゞ、家の主は君の如し。然れば母も汝も家来に同じ。家来の身として、我退屈するを以て、主人の慰みを止むること、法に於て有るべからず。且つ母の難義と云ふ。我れ道にそむくのみならず、母までを、女の道に背かしむ。重々の不孝、あげて数へがたし。己が身治まらずして、人に及ぶべきことにあらず。況んや親に於てをや。扠又汝の遣はるゝ金は、何方より出で申し候や。