都鄙問答 / 卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段
曰、私生質短氣ニ御座候、コレハナヲシ申度候ヘドモ、生質ユヘ是非ナク候、然レドモ兩親世話ニ成シコトハ、只一度田舍ノ小者ヲ抱置シニ、不調法者ユヘ、或時打擲イタシ候トコロ、疵附泣クルシムヲ漸シヅメ、其疵愈ザル內ニ、在所ヘ歸ラント云、夫ユヘ兩親モ手代共モ、是ニハ迷惑イタシ候、ソノ後ハ、左樣ノコトハ御座ナク候、
新字:曰、私生質短気ニ御座候、コレハナヲシ申度候ヘドモ、生質ユヘ是非ナク候、然レドモ両親世話ニ成シコトハ、只一度田舎ノ小者ヲ抱置シニ、不調法者ユヘ、或時打擲イタシ候トコロ、疵附泣クルシムヲ漸シヅメ、其疵愈ザル内ニ、在所ヘ帰ラント云、夫ユヘ両親モ手代共モ、是ニハ迷惑イタシ候、ソノ後ハ、左様ノコトハ御座ナク候、
書き下し
曰く、私生質短気に御座候。これはなほし申し度く候へども、生質ゆへ是非なく候。然れども両親世話に成りしことは、只一度田舎の小者を抱へ置きしに、不調法者ゆへ、或時打擲いたし候ところ、疵附き泣き苦しむを漸くしづめ、其疵愈えざる内に、在所へ帰らんと云ふ。夫ゆへ両親も手代共も、是には迷惑いたし候。その後は、左様のことは御座なく候。
現代語訳
若旦那「私は生まれつき短気なのです。直したいとは思いますが、生まれつきなので仕方がありません。けれども両親に世話をかけたのは、ただ一度、田舎から来た小者を雇っていたとき、不調法な者だったのである時殴ったところ、けがをして泣き苦しむのをやっとなだめたのですが、傷が治らないうちに故郷へ帰ると言い出したことだけです。それで両親も手代たちもこれには困りました。その後はそういうことはありません。」
解説
若旦那は、短気は生まれつきで直せないと言い、奉公人を殴ってけがをさせた一件も「一度だけ」と軽く語ります。自分の欠点を生まれつきのせいにし、起こした問題の重さを回数で小さく見せる話し方です。梅岩はこの二つの言い分を、次の答えで一つずつ崩していきます。立場の弱い奉公人への暴力が、主家の側からは「迷惑」の話としてしか語られていない点にも、当時の主従関係が表れています。性格のせいにして行動を改めない言い訳は、今もよく耳にするものです。
この章句が説くこと
短気性分言い訳奉公人暴力
関連する章句
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段答ふ、汝生質にて短気なりと云へり。生質に短気と云ふことあるべからず。此気随の為すところなり。貴人に対し、気随出づるものにあらず。慎み直さば、なほらざる事、いかでかあるべき。已にその小者を打擲せしに、小者怒り恨むことあるまじきや。甚だうらみ怒るといへども、主人のことなれば、忍びこらへ居るなり。その小者を、他人打擲せんに、汝に打たるゝ如く、堪忍いたし居るべきや。他人には是非に讎をなさん。然れども主人の事ゆへ、手向ひせざるは、慎みのいたす所なり。是を以て見よ、慎んでなほらざること有るべからず。まして父母へ此つゝしみなくば、畜類に替ることあるまじ。又両親の世話に成りしは、只一度なりと云へり。一度軽きにあらず。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、前に申す如く、短気は宜しからず存じ候まゝ、是は何卒なほし申し度く候。親の気を傷むることは、左程までには存ぜず候。知らざる所は是非なし。又親切に致すところは、心一盃つくし申し候。つねに親どもは酒を好み、給べ過すこと御座候。その節は、うたうたと長咄をし、寝ることを知らず、母なども難義に存じ候。且つ二日酔を致し、苦しみ候ゆへ、身を知らぬ酒の飲みやうと存じ、以後は控へられ候やうに諫め申し候。加様の類は、親を思ふ所なれば、孝行にては有るまじく候や。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、我も前方は度々出で申し候ところ、親ども甚だ不届きの由を申し、当分禁足致すべき旨申し渡し候ゆへ、私も迷惑仕り、禁足の請合致しかね候ところ、右の禅門挨拶いたし、若き者のことなれば、気晴らしの為に、月に一両度づゝの遊興は、ゆるさるべき由申し、両親ともに得心いたし、免しにて出で申し候。又夜更けて帰り候ことは、邂逅のことゆへ、緩と慰み帰り候。然れども、父母の志を害ふほどのことは御座なく候。元来親ども少気ゆへ、家来の者を起し置くことを気の毒に存じ、門を叩かせまじき為に、八つ時分まで、相待ち居り申し候へども、数度のことにあらず、月に一両度のことにて、その代りに翌日は勝手次第寝られ候へば、是も傷にはなり申さず候。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、親ども方より、小遣金として渡し候へども、是は一ヶ月にも足り申さず候ゆへ、不足の所は、手代共を頼み請け取り申し候。然れども色々のことを申し、思ふ程渡し申さゞるゆへ、又母に申し、五両三両宛もらひ、其上の不足は、此彼にて五両十両借用致し候。然れども二三年の中に、親共隠居いたし候へば早速に済まし申し候。他人も是を存ずるゆへ、五十両百両借り候ことは、心易きことにて、何の世話もこれなく候。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、我父母を養ふに、衣服食物など、如何やうにいたしても、其善悪を申すことなければ、父母の志を害することは有るまじく存じ候。答ふ、汝は、父母の体を養ふを孝行と思ふ故に、禅門が忠義有りていへることを聞きたがへり。我は志を養ふことを云ふ。我思ひ当る所を以て問ふべし。先づ汝は折々遊興に参られ、夜更けて帰らるゝと聞けり。まことに左様に候や。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段答ふ、汝遊興に出づること、邂逅のことゆへ、父母を夜更けまで待たせ置きても、苦しからずと云へり。先づ親に事まつる者は、夕には遅く寝、朝には早く起きて、父母の安否を問ふは子の道なり。それに汝は、身の遊興の為に、寒暑の苦しみもかまはず、夜更くるまで両親を待たせ置き、快く遊興せられ候や。総て待つことは、退屈なるものなり。それは待つ計りのことなり。両親は汝の帰られし顔を見るまでは、酒などが過ぎはせぬか、喧嘩にてもしはせぬか、寒くは無きか、風ひきはせまひかと、色々品々に思ひ煩ふ。且に内徒の者の心までを推しはかり、是ほど夜更しせらるゝを、両親は、いふことは成らぬかと思ふべきとの心遣ひ、又下女や小者は草臥れて、最早八つも過ぐるなど、つぶやくを聞く時は、心を傷ることも多かるべし。其苦しみ傷るゝことを知らず、父母を夜更くるまで待たせおき、翌日は勝手に寝らるゝとは、いかに愚かなればとて、左様の不孝をなし、父母の志を害ふことぞや。扠又汝は、家業のことは、如何心得いられ候や。