都鄙問答 / 卷之一・孝ノ道ヲ問ノ段
父母ノ心ヲ痛マシムルホドノ不孝ハナカルベシ、昔衞ニ宣公ト云君アリ、其嫡子ヲ仮ト云、後ニ又宣公、齊國ヨリ宣姜ヲ妻、宣姜二人ノ子ヲ產リ、兄ヲ壽ト云、弟ヲ朔ト云、宣姜ト朔ト二人シテ、仮ガコトヲ、宣公ニ讒ニ言ナシケレバ、宣公宣姜ニ溺レテ仮ヲ惡ミ、齊ノ國ニツカハシ、賊ヲシテ路ニ待ウケテ殺シメントス、壽、コレハ母ト朔トガ惡事ナリト知テ、兄ノ仮ニ告、命ヲ助ント思ヘリ、仮ガ曰、父ノ命ナリ、逃ベキニアラズト云テ聞入レズ、壽センカタナク、仮ガ齊ニ使スル驗ノ旌ヲ竊執テ、兄ノ身ニ代、死セン爲ニ先ヘユク、賊アヤマツテコレヲ殺ス、後ヨリ仮至テ曰、父ノ命ナリ、我ヲ殺セ、壽ニ何ノ罪ヤアラン、賊又仮ヲ殺ス、仮ハ父ノ命ヲ守、又宣姜ノ惡事ヲ見サズ、我身ヲ亡テモ逆コトナシ、汝ハ少々ノ金銀ニテ父母ノ命ニサカヒ、己ガ欲心ヲ以テ、親ノ心ヲ傷ム、聖賢ノ孝行ヨリ、汝ガ仕形ヲ見ル時ハ、木石ニ不異、退テ工夫セラルベシ、
新字:父母ノ心ヲ痛マシムルホドノ不孝ハナカルベシ、昔衛ニ宣公ト云君アリ、其嫡子ヲ仮ト云、後ニ又宣公、斉国ヨリ宣姜ヲ妻、宣姜二人ノ子ヲ産リ、兄ヲ寿ト云、弟ヲ朔ト云、宣姜ト朔ト二人シテ、仮ガコトヲ、宣公ニ讒ニ言ナシケレバ、宣公宣姜ニ溺レテ仮ヲ悪ミ、斉ノ国ニツカハシ、賊ヲシテ路ニ待ウケテ殺シメントス、寿、コレハ母ト朔トガ悪事ナリト知テ、兄ノ仮ニ告、命ヲ助ント思ヘリ、仮ガ曰、父ノ命ナリ、逃ベキニアラズト云テ聞入レズ、寿センカタナク、仮ガ斉ニ使スル験ノ旌ヲ窃執テ、兄ノ身ニ代、死セン為ニ先ヘユク、賊アヤマツテコレヲ殺ス、後ヨリ仮至テ曰、父ノ命ナリ、我ヲ殺セ、寿ニ何ノ罪ヤアラン、賊又仮ヲ殺ス、仮ハ父ノ命ヲ守、又宣姜ノ悪事ヲ見サズ、我身ヲ亡テモ逆コトナシ、汝ハ少々ノ金銀ニテ父母ノ命ニサカヒ、己ガ欲心ヲ以テ、親ノ心ヲ傷ム、聖賢ノ孝行ヨリ、汝ガ仕形ヲ見ル時ハ、木石ニ不異、退テ工夫セラルベシ、
書き下し
父母の心を痛ましむるほどの不孝はなかるべし。昔衛に宣公と云ふ君あり。其の嫡子を仮と云ふ。後に又宣公、斉国より宣姜を妻とす。宣姜二人の子を産めり。兄を寿と云ひ、弟を朔と云ふ。宣姜と朔と二人して、仮がことを、宣公に讒に言ひなしければ、宣公宣姜に溺れて仮を悪み、斉の国につかはし、賊をして路に待ちうけて殺さしめんとす。寿、これは母と朔とが悪事なりと知りて、兄の仮に告げ、命を助けんと思へり。仮が曰く、父の命なり、逃ぐべきにあらずと云ひて聞き入れず。寿せんかたなく、仮が斉に使ひする験の旌を窃かに執りて、兄の身に代はり、死せん為に先へゆく。賊あやまつてこれを殺す。後より仮至りて曰く、父の命なり、我を殺せ、寿に何の罪やあらん。賊又仮を殺す。仮は父の命を守り、又宣姜の悪事を見さず、我が身を亡ぼしても逆ふことなし。汝は少々の金銀にて父母の命にさかひ、己が欲心を以て、親の心を傷む。聖賢の孝行より、汝が仕形を見る時は、木石に異ならず。退きて工夫せらるべし。
現代語訳
「父母の心を痛ませることほどの不孝はないでしょう。昔、衛に宣公という君主がいました。その嫡子を伋といいました。のちに宣公は斉の国から宣姜を妻に迎え、宣姜は二人の子を産みました。兄を寿、弟を朔といいます。宣姜と朔の二人が伋のことを宣公に讒言すると、宣公は宣姜に溺れて伋を憎み、斉へ使いに出して、途中で賊に待ち伏せさせて殺そうとしました。寿はこれが母と朔の悪だくみだと知り、兄の伋に告げて命を助けようとしました。伋は『父の命令だ。逃げるわけにはいかない』と言って聞き入れません。寿はしかたなく、伋が斉へ使いする印の旗をひそかに取って、兄の身代わりに死のうと先に行きました。賊は誤って寿を殺しました。あとから伋が来て『父の命令だ。私を殺せ。寿に何の罪があろう』と言い、賊は伋も殺しました。伋は父の命令を守り、宣姜の悪事もあらわにせず、我が身を滅ぼしても逆らうことはありませんでした。あなたは少しばかりの金銀のために父母の言いつけに逆らい、自分の欲心で親の心を傷つけている。聖賢の孝行と比べてあなたのやり方を見れば、木や石と変わりません。帰ってよく工夫なさい。」
解説

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『翁問答』上卷之本此宝は天に在ては天の道となり、地に在ては地の道となるは、元来名はなき物なれ共、衆生に教へ示さん為めに、昔しの聖人其光景をかたどりて、孝と名付け玉ふ、夫よりこの方愚痴不肖の賤男賤女に至る迄も、其名をば知ると云共、其真実の道理は、老師宿儒知見抜群の人さへ悟り得る事稀なり、然る故に世俗孝は親に事ふる一事となして、浅近の道理なりと思へり、孔子嘆かはしく思召して、万世の盲聾を開かん為めに、孝徳神妙不測広大深遠にして、無始無終の神道を孝経に発明し玉ふ、孝徳の感通を手近く名付け言へば、愛敬の二字に極まれり、愛は懇に親しむ心なり、敬は上をうやまひ下を軽しめ侮らざる義なり、孝は譬へば明なる鏡の如し、向ふ物の形と色とに因て、鏡の中の影は品々かはれ共、明らかに写す鏡の体は同じ者なり、其如く父子君臣の人倫に相交ることは、千々万々品変れ共、愛敬の至徳は通せざる所なし、
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