都鄙問答 / 卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段
答、汝遊興ニ出ルコト、邂逅ノコトユヘ、父母ヲ夜更マデ待セ置テモ、苦シカラズト云ヘリ、先親ニ事マツル者ハ、夕ニハ遲寢、朝ニハ早起テ、父母ノ安否ヲ問ハ子ノ道ナリ、ソレニ汝ハ、身ノ遊興ノ爲ニ、寒暑ノ苦ミモカマハズ、夜更ルマデ兩親ヲ待セ置キ、快遊興セラレ候ヤ、總テ待コトハ、退屈ナルモノナリ、ソレハ待計ノコト也、兩親ハ汝ノ歸ラレシ顏ヲ見ルマデハ、酒ナドガ過ハセヌカ、喧嘩ニテモシハセヌカ、寒ハ無カ、風ヒキハセマヒカト、色々品々ニ思ヒ煩フ、且ニ內徒ノ者ノ心マデヲ推ハカリ、是ホド夜更シセラルヽヲ、兩親ハ、イフコトハ成ヌカト思フベキトノ心遣、又下女ヤ小者ハ草臥テ、最早八ッモ過ルナド、ツブヤクヲ聞ク時ハ、心ヲ傷ルコト多カルベシ、其苦ミ傷ルヽコトヲ不知、父母ヲ夜更ルマデ待セヲキ、翌日ハ勝手ニ寢ラルヽトハ、イカニ愚ナレバトテ、左樣ノ不孝ヲナシ、父母ノ志ヲ害フコトゾヤ、扠又汝ハ、家業ノコトハ、如何心得イラレ候ヤ、
新字:答、汝遊興ニ出ルコト、邂逅ノコトユヘ、父母ヲ夜更マデ待セ置テモ、苦シカラズト云ヘリ、先親ニ事マツル者ハ、夕ニハ遅寝、朝ニハ早起テ、父母ノ安否ヲ問ハ子ノ道ナリ、ソレニ汝ハ、身ノ遊興ノ為ニ、寒暑ノ苦ミモカマハズ、夜更ルマデ両親ヲ待セ置キ、快遊興セラレ候ヤ、総テ待コトハ、退屈ナルモノナリ、ソレハ待計ノコト也、両親ハ汝ノ帰ラレシ顔ヲ見ルマデハ、酒ナドガ過ハセヌカ、喧嘩ニテモシハセヌカ、寒ハ無カ、風ヒキハセマヒカト、色々品々ニ思ヒ煩フ、且ニ内徒ノ者ノ心マデヲ推ハカリ、是ホド夜更シセラルヽヲ、両親ハ、イフコトハ成ヌカト思フベキトノ心遣、又下女ヤ小者ハ草臥テ、最早八ッモ過ルナド、ツブヤクヲ聞ク時ハ、心ヲ傷ルコト多カルベシ、其苦ミ傷ルヽコトヲ不知、父母ヲ夜更ルマデ待セヲキ、翌日ハ勝手ニ寝ラルヽトハ、イカニ愚ナレバトテ、左様ノ不孝ヲナシ、父母ノ志ヲ害フコトゾヤ、扠又汝ハ、家業ノコトハ、如何心得イラレ候ヤ、
書き下し
答ふ、汝遊興に出づること、邂逅のことゆへ、父母を夜更けまで待たせ置きても、苦しからずと云へり。先づ親に事まつる者は、夕には遅く寝、朝には早く起きて、父母の安否を問ふは子の道なり。それに汝は、身の遊興の為に、寒暑の苦しみもかまはず、夜更くるまで両親を待たせ置き、快く遊興せられ候や。総て待つことは、退屈なるものなり。それは待つ計りのことなり。両親は汝の帰られし顔を見るまでは、酒などが過ぎはせぬか、喧嘩にてもしはせぬか、寒くは無きか、風ひきはせまひかと、色々品々に思ひ煩ふ。且に内徒の者の心までを推しはかり、是ほど夜更しせらるゝを、両親は、いふことは成らぬかと思ふべきとの心遣ひ、又下女や小者は草臥れて、最早八つも過ぐるなど、つぶやくを聞く時は、心を傷ることも多かるべし。其苦しみ傷るゝことを知らず、父母を夜更くるまで待たせおき、翌日は勝手に寝らるゝとは、いかに愚かなればとて、左様の不孝をなし、父母の志を害ふことぞや。扠又汝は、家業のことは、如何心得いられ候や。
現代語訳
梅岩「あなたは、遊びに出るのはたまのことだから、父母を夜更けまで待たせてもかまわないと言いました。そもそも親に仕える者は、夜は遅く寝て朝は早く起き、父母の安否を尋ねるのが子の道です。それなのにあなたは、自分の遊びのために、寒さ暑さの苦しみもかまわず、夜更けまで両親を待たせて楽しく遊んでいるのですか。待つことはそれだけで退屈なものですが、それは待つ苦しみだけの話です。両親はあなたの帰った顔を見るまで、酒を飲みすぎていないか、喧嘩をしていないか、寒くはないか、風邪をひかないかと、あれこれ思い悩みます。さらに奉公人の心まで推しはかり、これほど夜更かしさせては、親は何も言えないのかと思われているだろうと気をつかう。下女や小者が疲れて、もう八つも過ぎたとつぶやくのを聞けば、心を痛めることも多いでしょう。その苦しみを知らずに父母を夜更けまで待たせ、翌日は好きに寝ているとは、どれほど愚かでも、そんな不孝をして父母の志を損なうものでしょうか。さて、あなたは家業のことをどう心得ていますか。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「君子の物に於けるや、之を愛すれども仁せず。民に於けるや、之を仁すれども親しまず。親を親しみて民を仁し、民を仁して物を愛す。」
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「其の為さざる所を為すこと無く、其の欲せざる所を欲すること無し。此の如きのみ。」
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「三代の天下を得るや、仁を以てし、其の天下を失うや不仁を以てす。國の所廢興存亡する所以の者も、亦た然り。天子不仁なれば、四海を保たず。諸侯不仁なれば、社稷を保たず。卿大夫不仁なれば、宗廟を保たず。士庶人不仁なれば、四體を保たず。今、死亡を惡みて、而も不仁を樂しむは、是れ猶ほ醉うことを惡みて、而も酒を強うるがごとし。」
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孟子・公孫丑章句上孟子曰く、「人皆人に忍びざるの心有り。先王、人に忍びざるの心有り、斯に人に忍びざるの政有り。人に忍びざるの心を以て、人に忍びざるの政を行わば、天下を治むること、之を掌上に運らす可し。人皆人に忍びざるの心有りと謂う所以の者は、今、人乍(たちまち)ち孺子の將に井に入らんとするを見れば、皆怵惕惻隱の心有り。交わりを孺子の父母に内るる所以に非ざるなり。譽をᰰ黨朋友に要むる所以に非ざるなり。其の聲を惡んで然るに非ざるなり。是に由りて之を觀れば、惻隱の心無きは、人に非ざるなり。羞惡の心無きは、人に非ざるなり。辭讓の心無きは、人に非ざるなり。是非の心無きは、人に非ざるなり。惻隱の心は、仁の端なり。羞惡の心は、義の端なり。辭讓の心は、禮の端なり。是非の心は、智の端なり。人の是の四端有るや、猶ほ其の四體有るがごときなり。是の四端有りて、而して自ら能わざると謂う者は、自ら賊う者なり。其の君能わずと謂う者は、其の君を賊う者なり。凡そ我に四端有る者は、皆擴して之を充たすことを知る。火の始めて然え、泉の始めて達するが若し。苟くも能く之を充たさば、以て四海を保んずるに足る。苟くも之を充たさざれば、以て父母に事うるに足らず。」
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孟子・梁惠王章句上孟子、梁の襄王に見ゆ。出でて人に語げて曰く、「之を望むに人君に似ず。之に就くに畏るる所を見ず。卒然として問うて曰く、『天下惡にか定まらん。』吾對えて曰く、『一に定まらん。』『孰か能く之を一にせん。』對えて曰く、『人を殺すを嗜まざる者、能く之を一にせん。』『孰か能く之に與せん。』對えて曰く、『天下與せざる莫きなり。王、夫の苗を知るか。七八月の間、旱すれば、則ち苗槁(かれる)れん。天、油然として雲を作し、沛然として雨を下さば、則ち苗浡然(ボツ・ゼン)として之に興きん。其れ是の如くなれば、孰か能く之を禦(とどめる)めん。今夫れ天下の人牧、未だ人を殺すことを嗜まざる者有らざるなり。如し人を殺すことを嗜まざる者有らば、則ち天下の民皆な領(くび)を引いて之を望まん。誠に是の如くなれば、民の之に歸すること、由ほ水の下きに就きて沛然たるがごとし。誰か能く之を禦めん。』」
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「佚道を以て民を使えば、勞すと雖も怨みず。生道を以て民を殺せば、死すと雖も殺す者を怨みず。」