都鄙問答 / 卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段
答、汝生質ニテ短氣ナリト云リ、生質ニ短氣ト云コトアルベカラズ、此氣隨ノ爲トコロナリ、貴人ニ對シ、氣隨出ルモノニアラズ、愼ミ直サバ、ナヲラザル事、イカデカアルベキ、已ソノ小者ヲ打擲セシニ、小者怒恨コトアルマジキヤ、甚ウラミ怒トイヘドモ、主人ノコトナレバ、忍ビコラヘ居ルナリ、ソノ小者ヲ、他人打擲センニ、汝ニ打ルヽ如ク、堪忍イタシ居ルベキヤ、他人ニハ是非ニ讎ヲナサン、然ドモ主人ノ事ユヘ、手向ヒセザルハ、愼ノイタス所ナリ、是ヲ以テ見ヨ、愼デナヲラザルコト有ルベカラズ、マシテ父母ヘ此ツヽシミナクバ、畜類ニ替コトアルマジ、又兩親ノ世話ニ成シハ、只一度ナリト云ヘリ、一度輕キニアラズ、
新字:答、汝生質ニテ短気ナリト云リ、生質ニ短気ト云コトアルベカラズ、此気随ノ為トコロナリ、貴人ニ対シ、気随出ルモノニアラズ、慎ミ直サバ、ナヲラザル事、イカデカアルベキ、已ソノ小者ヲ打擲セシニ、小者怒恨コトアルマジキヤ、甚ウラミ怒トイヘドモ、主人ノコトナレバ、忍ビコラヘ居ルナリ、ソノ小者ヲ、他人打擲センニ、汝ニ打ルヽ如ク、堪忍イタシ居ルベキヤ、他人ニハ是非ニ讎ヲナサン、然ドモ主人ノ事ユヘ、手向ヒセザルハ、慎ノイタス所ナリ、是ヲ以テ見ヨ、慎デナヲラザルコト有ルベカラズ、マシテ父母ヘ此ツヽシミナクバ、畜類ニ替コトアルマジ、又両親ノ世話ニ成シハ、只一度ナリト云ヘリ、一度軽キニアラズ、
書き下し
答ふ、汝生質にて短気なりと云へり。生質に短気と云ふことあるべからず。此気随の為すところなり。貴人に対し、気随出づるものにあらず。慎み直さば、なほらざる事、いかでかあるべき。已にその小者を打擲せしに、小者怒り恨むことあるまじきや。甚だうらみ怒るといへども、主人のことなれば、忍びこらへ居るなり。その小者を、他人打擲せんに、汝に打たるゝ如く、堪忍いたし居るべきや。他人には是非に讎をなさん。然れども主人の事ゆへ、手向ひせざるは、慎みのいたす所なり。是を以て見よ、慎んでなほらざること有るべからず。まして父母へ此つゝしみなくば、畜類に替ることあるまじ。又両親の世話に成りしは、只一度なりと云へり。一度軽きにあらず。
現代語訳
梅岩「あなたは生まれつき短気だと言いましたが、生まれつきの短気などというものはありません。それは気まま(気随)のしわざです。身分の高い人の前で気ままが出ることはないでしょう。慎んで直そうとすれば、直らないことがあるでしょうか。現にその小者を殴ったとき、小者は怒り恨まなかったでしょうか。ひどく恨み怒っても、主人のことなので忍びこらえていたのです。もし他人がその小者を殴ったら、あなたに殴られたときのように我慢していたでしょうか。他人には必ず仕返しをしたはずです。それでも主人には手向かいしなかったのは、慎みがそうさせたのです。これを見なさい。慎めば直らないことはありません。まして父母に対してこの慎みがなければ、獣と変わりません。また、両親に世話をかけたのは一度だけだと言いましたが、一度だから軽いということはありません。」
解説
この章句が説くこと
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、私生質短気に御座候。これはなほし申し度く候へども、生質ゆへ是非なく候。然れども両親世話に成りしことは、只一度田舎の小者を抱へ置きしに、不調法者ゆへ、或時打擲いたし候ところ、疵附き泣き苦しむを漸くしづめ、其疵愈えざる内に、在所へ帰らんと云ふ。夫ゆへ両親も手代共も、是には迷惑いたし候。その後は、左様のことは御座なく候。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、前に申す如く、短気は宜しからず存じ候まゝ、是は何卒なほし申し度く候。親の気を傷むることは、左程までには存ぜず候。知らざる所は是非なし。又親切に致すところは、心一盃つくし申し候。つねに親どもは酒を好み、給べ過すこと御座候。その節は、うたうたと長咄をし、寝ることを知らず、母なども難義に存じ候。且つ二日酔を致し、苦しみ候ゆへ、身を知らぬ酒の飲みやうと存じ、以後は控へられ候やうに諫め申し候。加様の類は、親を思ふ所なれば、孝行にては有るまじく候や。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段答ふ、汝の云へる所、子たる者の道に背けり。易に、家人に厳君ありと云へり。妻子より云はゞ、家の主は君の如し。然れば母も汝も家来に同じ。家来の身として、我退屈するを以て、主人の慰みを止むること、法に於て有るべからず。且つ母の難義と云ふ。我れ道にそむくのみならず、母までを、女の道に背かしむ。重々の不孝、あげて数へがたし。己が身治まらずして、人に及ぶべきことにあらず。況んや親に於てをや。扠又汝の遣はるゝ金は、何方より出で申し候や。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段答ふ、汝遊興に出づること、邂逅のことゆへ、父母を夜更けまで待たせ置きても、苦しからずと云へり。先づ親に事まつる者は、夕には遅く寝、朝には早く起きて、父母の安否を問ふは子の道なり。それに汝は、身の遊興の為に、寒暑の苦しみもかまはず、夜更くるまで両親を待たせ置き、快く遊興せられ候や。総て待つことは、退屈なるものなり。それは待つ計りのことなり。両親は汝の帰られし顔を見るまでは、酒などが過ぎはせぬか、喧嘩にてもしはせぬか、寒くは無きか、風ひきはせまひかと、色々品々に思ひ煩ふ。且に内徒の者の心までを推しはかり、是ほど夜更しせらるゝを、両親は、いふことは成らぬかと思ふべきとの心遣ひ、又下女や小者は草臥れて、最早八つも過ぐるなど、つぶやくを聞く時は、心を傷ることも多かるべし。其苦しみ傷るゝことを知らず、父母を夜更くるまで待たせおき、翌日は勝手に寝らるゝとは、いかに愚かなればとて、左様の不孝をなし、父母の志を害ふことぞや。扠又汝は、家業のことは、如何心得いられ候や。
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『都鄙問答』卷之一・孝ノ道ヲ問ノ段答ふ、父母の心に逆はず、我が顔色温和にして、親の心を痛めざるやうに事へなば、孝行とも云ふべきか。曰く、父母の心に逆はざると、顔色温和にすることは、軽きことにて勤まりやすきことなり。たとひ能くすればとて、内証のことなれば、世に呼ばるる程のことは有るまじく候。我が云ふ所は、他人の目にも、発知と立つほどのことを勉め見申したく候。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、我父母を養ふに、衣服食物など、如何やうにいたしても、其善悪を申すことなければ、父母の志を害することは有るまじく存じ候。答ふ、汝は、父母の体を養ふを孝行と思ふ故に、禅門が忠義有りていへることを聞きたがへり。我は志を養ふことを云ふ。我思ひ当る所を以て問ふべし。先づ汝は折々遊興に参られ、夜更けて帰らるゝと聞けり。まことに左様に候や。