都鄙問答 / 卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段
曰、我モ前方ハ度々出デ申候トコロ、親ドモ甚不屆ノ由ヲ申シ、當分禁足致スベキ旨申渡シ候ユヘ、私モ迷惑仕リ、禁足ノ請合致カネ候トコロ、右ノ禪門挨拶イタシ、若キ者ノコトナレバ、氣晴ノ爲ニ、月ニ一兩度ヅヽノ遊興ハ、ユルサルベキ由申シ、兩親トモニ得心イタシ、免シニテ出申候、又夜更歸リ候コトハ、邂逅ノコトユヘ、緩ト慰ミ歸リ候、然レドモ、父母ノ志ヲ害フホドノコトハ御座ナク候、元來親ドモ少氣ユヘ、家來ノ者ヲ起シ置コトヲ氣ノ毒ニ存ジ、門ヲ叩セマジキ爲ニ、八ッ時分マデ、相待居申候ヘドモ、數度ノコトニアラズ、月ニ一兩度ノコトニテ、ソノ代ニ翌日ハ勝手次第寢ラレ候ヘバ、是モ傷ニハナリ申サズ候、
新字:曰、我モ前方ハ度々出デ申候トコロ、親ドモ甚不届ノ由ヲ申シ、当分禁足致スベキ旨申渡シ候ユヘ、私モ迷惑仕リ、禁足ノ請合致カネ候トコロ、右ノ禅門挨拶イタシ、若キ者ノコトナレバ、気晴ノ為ニ、月ニ一両度ヅヽノ遊興ハ、ユルサルベキ由申シ、両親トモニ得心イタシ、免シニテ出申候、又夜更帰リ候コトハ、邂逅ノコトユヘ、緩ト慰ミ帰リ候、然レドモ、父母ノ志ヲ害フホドノコトハ御座ナク候、元来親ドモ少気ユヘ、家来ノ者ヲ起シ置コトヲ気ノ毒ニ存ジ、門ヲ叩セマジキ為ニ、八ッ時分マデ、相待居申候ヘドモ、数度ノコトニアラズ、月ニ一両度ノコトニテ、ソノ代ニ翌日ハ勝手次第寝ラレ候ヘバ、是モ傷ニハナリ申サズ候、
書き下し
曰く、我も前方は度々出で申し候ところ、親ども甚だ不届きの由を申し、当分禁足致すべき旨申し渡し候ゆへ、私も迷惑仕り、禁足の請合致しかね候ところ、右の禅門挨拶いたし、若き者のことなれば、気晴らしの為に、月に一両度づゝの遊興は、ゆるさるべき由申し、両親ともに得心いたし、免しにて出で申し候。又夜更けて帰り候ことは、邂逅のことゆへ、緩と慰み帰り候。然れども、父母の志を害ふほどのことは御座なく候。元来親ども少気ゆへ、家来の者を起し置くことを気の毒に存じ、門を叩かせまじき為に、八つ時分まで、相待ち居り申し候へども、数度のことにあらず、月に一両度のことにて、その代りに翌日は勝手次第寝られ候へば、是も傷にはなり申さず候。
現代語訳
若旦那「以前はたびたび出かけていたところ、親がひどく不届きだと言って、当分外出を禁じると言い渡されました。私も困って、外出禁止は引き受けかねていたところ、その禅門が取りなして、若い者のことだから気晴らしに月に一、二度の遊びは許してやるべきだと言い、両親とも納得して、許しを得て出かけています。夜更けに帰るのはたまのことなので、ゆっくり楽しんで帰るのです。けれども父母の志を損なうほどのことはありません。もともと親は気の小さい人で、奉公人を起こしておくのを気の毒に思い、門を叩かせないように夜中の二時ごろまで起きて待っていますが、たびたびではなく月に一、二度のことで、その代わり翌日は好きなだけ寝られるのですから、これも障りにはなりません。」
解説
この章句が説くこと
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段答ふ、汝遊興に出づること、邂逅のことゆへ、父母を夜更けまで待たせ置きても、苦しからずと云へり。先づ親に事まつる者は、夕には遅く寝、朝には早く起きて、父母の安否を問ふは子の道なり。それに汝は、身の遊興の為に、寒暑の苦しみもかまはず、夜更くるまで両親を待たせ置き、快く遊興せられ候や。総て待つことは、退屈なるものなり。それは待つ計りのことなり。両親は汝の帰られし顔を見るまでは、酒などが過ぎはせぬか、喧嘩にてもしはせぬか、寒くは無きか、風ひきはせまひかと、色々品々に思ひ煩ふ。且に内徒の者の心までを推しはかり、是ほど夜更しせらるゝを、両親は、いふことは成らぬかと思ふべきとの心遣ひ、又下女や小者は草臥れて、最早八つも過ぐるなど、つぶやくを聞く時は、心を傷ることも多かるべし。其苦しみ傷るゝことを知らず、父母を夜更くるまで待たせおき、翌日は勝手に寝らるゝとは、いかに愚かなればとて、左様の不孝をなし、父母の志を害ふことぞや。扠又汝は、家業のことは、如何心得いられ候や。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、我父母を養ふに、衣服食物など、如何やうにいたしても、其善悪を申すことなければ、父母の志を害することは有るまじく存じ候。答ふ、汝は、父母の体を養ふを孝行と思ふ故に、禅門が忠義有りていへることを聞きたがへり。我は志を養ふことを云ふ。我思ひ当る所を以て問ふべし。先づ汝は折々遊興に参られ、夜更けて帰らるゝと聞けり。まことに左様に候や。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、前に申す如く、短気は宜しからず存じ候まゝ、是は何卒なほし申し度く候。親の気を傷むることは、左程までには存ぜず候。知らざる所は是非なし。又親切に致すところは、心一盃つくし申し候。つねに親どもは酒を好み、給べ過すこと御座候。その節は、うたうたと長咄をし、寝ることを知らず、母なども難義に存じ候。且つ二日酔を致し、苦しみ候ゆへ、身を知らぬ酒の飲みやうと存じ、以後は控へられ候やうに諫め申し候。加様の類は、親を思ふ所なれば、孝行にては有るまじく候や。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、私生質短気に御座候。これはなほし申し度く候へども、生質ゆへ是非なく候。然れども両親世話に成りしことは、只一度田舎の小者を抱へ置きしに、不調法者ゆへ、或時打擲いたし候ところ、疵附き泣き苦しむを漸くしづめ、其疵愈えざる内に、在所へ帰らんと云ふ。夫ゆへ両親も手代共も、是には迷惑いたし候。その後は、左様のことは御座なく候。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段曰く、親ども方より、小遣金として渡し候へども、是は一ヶ月にも足り申さず候ゆへ、不足の所は、手代共を頼み請け取り申し候。然れども色々のことを申し、思ふ程渡し申さゞるゆへ、又母に申し、五両三両宛もらひ、其上の不足は、此彼にて五両十両借用致し候。然れども二三年の中に、親共隠居いたし候へば早速に済まし申し候。他人も是を存ずるゆへ、五十両百両借り候ことは、心易きことにて、何の世話もこれなく候。
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『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段答ふ、汝の云へる所、子たる者の道に背けり。易に、家人に厳君ありと云へり。妻子より云はゞ、家の主は君の如し。然れば母も汝も家来に同じ。家来の身として、我退屈するを以て、主人の慰みを止むること、法に於て有るべからず。且つ母の難義と云ふ。我れ道にそむくのみならず、母までを、女の道に背かしむ。重々の不孝、あげて数へがたし。己が身治まらずして、人に及ぶべきことにあらず。況んや親に於てをや。扠又汝の遣はるゝ金は、何方より出で申し候や。