都鄙問答 / 卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段
答、家業ノコトハ手代ニ任セ、遊藝ニ關シキト云、汝今安樂ニ暮スハ、家業ノ影ニアラズヤ、職分ヲ知ラザルモノハ、禽獸ニモ劣リ、犬ハ門ヲ守リ、鷄ハ時ヲ告ル、先武士方ニ、馬ヲ繫ルヽホドノ人、騎コトヲ知ラザルハアルベカラズ、書翰ハ人ニ書セテモスム、我代リニ、家來ヲ馬ニハ騎ラレマジ、商人トテモ、我ガ職分ヲ知ラズバ、先祖ヨリ讓ラレシ家ヲ亡スニ近カルベシ、禪門ノイヘルモ此ナルベシ、其忠アル者ヲ母ノ腹立セラルヽハ、金言ノ耳ニ逆フト云モノナリ、臣ノ諫ヲ受入ルヲ、眞ノ君ト云ベシ、然ルニ彼ガ長命ヲ嫌ハ、忠臣ヲ殺ンコトヲ願ナリ、是桀紂ニ替ハナシ、不忠ノ者バカリ殘リナバ、家ノ滅亡ヲ待モノナリ、傳曰、小人之使爲國家、
新字:答、家業ノコトハ手代ニ任セ、遊芸ニ関シキト云、汝今安楽ニ暮スハ、家業ノ影ニアラズヤ、職分ヲ知ラザルモノハ、禽獣ニモ劣リ、犬ハ門ヲ守リ、鶏ハ時ヲ告ル、先武士方ニ、馬ヲ繋ルヽホドノ人、騎コトヲ知ラザルハアルベカラズ、書翰ハ人ニ書セテモスム、我代リニ、家来ヲ馬ニハ騎ラレマジ、商人トテモ、我ガ職分ヲ知ラズバ、先祖ヨリ譲ラレシ家ヲ亡スニ近カルベシ、禅門ノイヘルモ此ナルベシ、其忠アル者ヲ母ノ腹立セラルヽハ、金言ノ耳ニ逆フト云モノナリ、臣ノ諫ヲ受入ルヲ、真ノ君ト云ベシ、然ルニ彼ガ長命ヲ嫌ハ、忠臣ヲ殺ンコトヲ願ナリ、是桀紂ニ替ハナシ、不忠ノ者バカリ残リナバ、家ノ滅亡ヲ待モノナリ、伝曰、小人之使為国家、
書き下し
答ふ、家業のことは手代に任せ、遊芸に関しきと云ふ。汝今安楽に暮すは、家業の影にあらずや。職分を知らざるものは、禽獣にも劣り、犬は門を守り、鶏は時を告ぐる。先づ武士方に、馬を繋がるゝほどの人、騎ることを知らざるはあるべからず。書翰は人に書かせてもすむ。我代りに、家来を馬には騎られまじ。商人とても、我が職分を知らずば、先祖より譲られし家を亡すに近かるべし。禅門のいへるも此なるべし。其忠ある者を母の腹立たせらるゝは、金言の耳に逆ふと云ふものなり。臣の諫めを受け入るるを、真の君と云ふべし。然るに彼が長命を嫌ふは、忠臣を殺さんことを願ふなり。是桀紂に替りはなし。不忠の者ばかり残りなば、家の滅亡を待つものなり。伝に曰く、小人をして国家を為めしむれば、
現代語訳
梅岩「家業は手代に任せて遊芸にかまけていると言いますが、あなたが今安楽に暮らしているのは家業のおかげではありませんか。自分の職分を知らない者は鳥や獣にも劣ります。犬は門を守り、鶏は時を告げます。武士でも、馬をつないでおくほどの身分の人が乗馬を知らないということはありえません。手紙は人に書かせても済みますが、自分の代わりに家来を馬に乗せるわけにはいきません。商人でも、自分の職分を知らなければ、先祖から譲られた家を滅ぼすのに近いでしょう。禅門が言うのもこのことです。その忠義な者に母親が腹を立てるのは、金言は耳に逆らうというものです。臣下の諫めを受け入れる者を真の君主と言います。それなのに彼の長生きを嫌うのは、忠臣の死を願うことで、夏の桀王や殷の紂王と変わりません。不忠の者ばかりが残れば、家の滅亡を待つばかりです。伝に『小人に国家を治めさせれば、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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荀子・大略篇人の臣下たる者は、諫むること有るも訕ること無く、亡ること有るも疾むこと無く、怨むこと有るも怒ること無し。
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尚書・皐陶謨予(われ)違(たが)わば、汝(なんじ)弼(たす)けよ。汝、面従(めんじゅう)することなく、退(しりぞ)きて後言(こうげん)あることなかれ。