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葉隠 / 聞書第一

主人に諫言をするに色々あるべし。志の諫言は脇に知れぬ樣にするなり。御氣にさかはぬ樣にして御癖を直し申すものなり。細川頼之が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄何某承り、「某、一命を捨てゝ申上ぐべく候。段々御延引の上に脇寄など遊ばされ候節、以ての外然るべからず候。」と、諸人に向ひ、「御暇乞仕り候。」と詞を渡し、行水、白帷子下着にて御前へ罷出でられ、追附退出、又諸人に向ひ、「拙者申上げ候儀、聞召分けられ本望至極、皆樣へ一度御目に懸り候儀、不思議の仕合せ。」など廣言申され候。これ皆主人の非を顯し、我が忠を揚げ、威勢を立つる仕事なり。多分他國者にこれあるなり。

新字:主人に諫言をするに色々あるべし。志の諫言は脇に知れぬ様にするなり。御気にさかはぬ様にして御癖を直し申すものなり。細川頼之が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄何某承り、「某、一命を捨てゝ申上ぐべく候。段々御延引の上に脇寄など遊ばされ候節、以ての外然るべからず候。」と、諸人に向ひ、「御暇乞仕り候。」と詞を渡し、行水、白帷子下着にて御前へ罷出でられ、追附退出、又諸人に向ひ、「拙者申上げ候儀、聞召分けられ本望至極、皆様へ一度御目に懸り候儀、不思議の仕合せ。」など広言申され候。これ皆主人の非を顕し、我が忠を揚げ、威勢を立つる仕事なり。多分他国者にこれあるなり。

書き下し

主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。

現代語訳

主君に諫言するにも、いろいろなやり方がある。真心からの諫言は、他人に知られないようにするものだ。主君の機嫌を損ねないようにして、その悪い癖を直して差し上げるのである。細川頼之の忠義などがその例だ。昔、旅の途中で、ある年寄役の者が「私は命を捨てて申し上げます。たびたびの御延引のうえ、寄り道などなさるのは、もってのほかでよろしくありません」と言い、周囲の人々に向かって「お別れの覚悟です」と告げ、行水して白帷子を下着に着込んで主君の御前に進み出た。まもなく退出すると、また人々に向かって「私の申し上げたことをお聞き入れいただき本望の極み、皆様に一度お目にかかれたのも不思議な巡り合わせ」などと大げさに言い立てた。これはみな、主君の落ち度を世間にさらし、自分の忠義を誇示し、威勢を張るための振る舞いだ。たいていは他国者にこうした者がいるものだ。

解説

諫言の本当のあり方を説いた一節です。真心からの諫言は人知れず行い、主君の機嫌を損ねないようにしてそっと過ちを正すものだ、と言います。これに対し、命がけを大げさに演出し、死を覚悟したと触れ回って諫言する振る舞いを、「主君の落ち度を世間にさらし、自分の忠義を誇示するだけだ」と厳しく批判します。忠義が自己顕示にすり替わることへの戒めです。武士道では諫言は忠義の最たるものとされましたが、葉隠は「誰にも知られず主君を立てながら正す」のが真の忠だと見ます。現代でも、上司や組織への進言を自分の手柄や正義感の誇示にしてしまえば、相手の面子を潰し逆効果になりがちです。本当に相手のためを思うなら、目立たず、相手を立てながら伝える。忠言の作法として今も示唆に富みます。

この章句が説くこと

諫言真の忠義自己顕示への戒め相手を立てる目立たぬ配慮進言の作法

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