都鄙問答 / 卷之二・禪僧俗家ノ殺生ヲ譏ノ段
臣トシテ君ヲ棄ル者ヲ賊臣ト云、汝モ今朝ヨリ、幾萬トモ數知ラズ、五穀佛ト果佛ヲ殺シ喰フテ身ヲ育フ、然レドモ此理ヲ知ラズ、知ラザレドモ、暗ニ賤ヲ以テ、貴キヲ育フ理ニ合リ、汝小乘ニ拘テ、我ハ殺生ハセズ、非情ノ物ヲ喰フト云ナレバ、草木國土皆佛ト說玉フ佛語ハ、詐トスルヤ、是ヲ詐トセバ、佛經ハ皆破リ舍ベシ、舍ズシテ用ユト云ハヾ、汝モ大佛ガ小佛ヲ喰テ、殺生スルニ違ハナシ、我ハ幾ノ殺生シ、身命ヲツナギ居ナガラ、俗家ハ、目出度嘉儀ニ生物ヲ殺シ、淺間敷コトヽ云、佛ノ本意ヲシラズシテ、他ヲ譏コト大ナル罪ナラン、汝如キ、法ニ昧僧多キユヘニ、徒然草ニ、僧ニ法有テ、法ヲ以テ身ヲ賊ヒ、又君子ニ仁義有テ、
新字:臣トシテ君ヲ棄ル者ヲ賊臣ト云、汝モ今朝ヨリ、幾万トモ数知ラズ、五穀仏ト果仏ヲ殺シ喰フテ身ヲ育フ、然レドモ此理ヲ知ラズ、知ラザレドモ、暗ニ賤ヲ以テ、貴キヲ育フ理ニ合リ、汝小乗ニ拘テ、我ハ殺生ハセズ、非情ノ物ヲ喰フト云ナレバ、草木国土皆仏ト説玉フ仏語ハ、詐トスルヤ、是ヲ詐トセバ、仏経ハ皆破リ舎ベシ、舎ズシテ用ユト云ハヾ、汝モ大仏ガ小仏ヲ喰テ、殺生スルニ違ハナシ、我ハ幾ノ殺生シ、身命ヲツナギ居ナガラ、俗家ハ、目出度嘉儀ニ生物ヲ殺シ、浅間敷コトヽ云、仏ノ本意ヲシラズシテ、他ヲ譏コト大ナル罪ナラン、汝如キ、法ニ昧僧多キユヘニ、徒然草ニ、僧ニ法有テ、法ヲ以テ身ヲ賊ヒ、又君子ニ仁義有テ、
書き下し
臣として君を棄る者を賊臣と云。汝も今朝より、幾万とも数知らず、五穀仏と果仏を殺し喰ふて身を育ふ。然れども此理を知らず。知らざれども、暗に賤を以て、貴きを育ふ理に合り。汝小乗に拘て、我は殺生はせず、非情の物を喰ふと云なれば、草木国土皆仏と説玉ふ仏語は、詐とするや。是を詐とせば、仏経は皆破り捨べし。捨ずして用ゆと云はゞ、汝も大仏が小仏を喰て、殺生するに違はなし。我は幾の殺生し、身命をつなぎ居ながら、俗家は、目出度嘉儀に生物を殺し、浅間敷ことゝ云。仏の本意をしらずして、他を譏こと大なる罪ならん。汝如き、法に昧僧多きゆへに、徒然草に、僧に法有て、法を以て身を賊ひ、又君子に仁義有て、
現代語訳
「臣でありながら君を捨てる者を賊臣と言うのです。あなたも今朝から、幾万とも知れない五穀仏と果物仏を殺して食べ、身を養っています。けれどもこの理を知りません。知らなくても、知らず知らずのうちに賤しいもので貴いものを養う理にかなっているのです。あなたは小乗にこだわって、自分は殺生はしない、非情のものを食べるのだと言うなら、草木国土みな仏と説かれた仏の言葉は偽りとするのですか。偽りとするなら、仏典はみな破り捨てるべきです。捨てずに用いると言うなら、あなたも大仏が小仏を食べて殺生しているのと違いはありません。自分はどれほどの殺生をして命をつないでいながら、俗家が祝いの席で生き物を殺すのを浅ましいと言う。仏の本意を知らずに他人をそしるのは大きな罪でしょう。あなたのように法に暗い僧が多いから、『徒然草』に、僧に法があって法によって身を損ない、また君子に仁義があって、」
解説
この章句が説くこと
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