都鄙問答 / 卷之二・禪僧俗家ノ殺生ヲ譏ノ段
蜘蛛ヤ菜蟲ナドヲ喰フ、犬狼ハ、鹿猿等ヲ取リ喰フ、此等ノ類ハ、殺生トセンカ、天道流行トセンカ、戒律モ、天理ヲ不知シテハ有タレザルコトヲ告ベシ、夏ニ至テ、土用ノ時節ナドニハ、米ヲ春置コト一兩日ニシテ、糠蟲ヲ生ズ、此糠蟲、至テ微塵ノ如クニシテ見難シ、米ノ中ヘ手ヲ入シ時、其手ガ痒者ナリ、其カユキ時ニ、黑塗ノ器ニ米ヲ入レ、其米ヲ取テ、其跡ヲ白日ニ能見レバ、動形見ユル者ナリ、定テコレヲ糠蟲トイフナラン、假令五穀ハ非情ナリト云フトモ、糠蟲アレバ、殺生戒ヲ破ルナリ、戒律ノ僧ハ、夏ニ至テハ、五穀モ食フコトハナルマジ、不食忽ニ死スベシ、コヽニ至リ、喰フテ全ク有ツコトヲ知ルベシ、佛ノ敎ニ從テ、戒ヲ有タント思ハヾ、
新字:蜘蛛ヤ菜虫ナドヲ喰フ、犬狼ハ、鹿猿等ヲ取リ喰フ、此等ノ類ハ、殺生トセンカ、天道流行トセンカ、戒律モ、天理ヲ不知シテハ有タレザルコトヲ告ベシ、夏ニ至テ、土用ノ時節ナドニハ、米ヲ春置コト一両日ニシテ、糠虫ヲ生ズ、此糠虫、至テ微塵ノ如クニシテ見難シ、米ノ中ヘ手ヲ入シ時、其手ガ痒者ナリ、其カユキ時ニ、黒塗ノ器ニ米ヲ入レ、其米ヲ取テ、其跡ヲ白日ニ能見レバ、動形見ユル者ナリ、定テコレヲ糠虫トイフナラン、仮令五穀ハ非情ナリト云フトモ、糠虫アレバ、殺生戒ヲ破ルナリ、戒律ノ僧ハ、夏ニ至テハ、五穀モ食フコトハナルマジ、不食忽ニ死スベシ、コヽニ至リ、喰フテ全ク有ツコトヲ知ルベシ、仏ノ教ニ従テ、戒ヲ有タント思ハヾ、
書き下し
蜘蛛や菜虫などを喰ふ。犬狼は、鹿猿等を取り喰ふ。此等の類は、殺生とせんか、天道流行とせんか。戒律も、天理を知らずしては有たれざることを告ぐべし。夏に至て、土用の時節などには、米を舂置こと一両日にして、糠虫を生ず。此糠虫、至て微塵の如くにして見難し。米の中へ手を入し時、其手が痒者なり。其かゆき時に、黒塗の器に米を入れ、其米を取て、其跡を白日に能見れば、動形見ゆる者なり。定てこれを糠虫といふならん。仮令五穀は非情なりと云ふとも、糠虫あれば、殺生戒を破るなり。戒律の僧は、夏に至ては、五穀も食ふことはなるまじ。食はずば忽に死すべし。こゝに至り、喰ふて全く有つことを知るべし。仏の教に従て、戒を有たんと思はゞ、
現代語訳
「蜘蛛や菜虫などを食べ、犬や狼は鹿や猿などを取って食べます。これらを殺生とするのか、天の道の流れとするのか。戒律も、天理を知らなければ保てないと告げておきます。夏の土用のころには、米をついて置くと一両日で糠虫がわきます。この糠虫はごく細かく、ちりのようで見えにくい。米の中へ手を入れると手がかゆくなります。そのとき黒塗りの器に米を入れ、米を取り除いて跡を日の光でよく見ると、動くものが見えます。これを糠虫というのでしょう。たとえ五穀は非情だと言っても、糠虫がいれば殺生戒を破ることになります。戒律を守る僧は、夏には五穀も食べられないでしょう。食べなければたちまち死にます。ここに至って、食べてこそ全うできることを知るべきです。仏の教えに従って戒を守ろうと思うなら、」
解説

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