都鄙問答 / 卷之二・禪僧俗家ノ殺生ヲ譏ノ段
答、仁ハ慈愛ノ德有テ、私心ナキヲ云、汝如キ私心ヲ以テ、仁ヲ知ラルヽ所ニ非ズ、汝ハ禪家ヲ學トイヘドモ、其家ノ本意ヲ知ラザルト見ヘタリ、既ニ南泉和尙ハ猫ヲ殺シ、蜆子和尙ハ海老ヲ釣テコレヲ喰フ、所作ニ依テ見バ、此等ノ僧ハ、殺生戒ヲ破ル惡僧ト云テ、盡舍ンヤ、又汝日々ノ殺生、擧テカゾヘガタシ、先今朝ヨリ喰フ所ノ米ノ數、幾粒ト云フコトヲ知レリヤ、
新字:答、仁ハ慈愛ノ徳有テ、私心ナキヲ云、汝如キ私心ヲ以テ、仁ヲ知ラルヽ所ニ非ズ、汝ハ禅家ヲ学トイヘドモ、其家ノ本意ヲ知ラザルト見ヘタリ、既ニ南泉和尚ハ猫ヲ殺シ、蜆子和尚ハ海老ヲ釣テコレヲ喰フ、所作ニ依テ見バ、此等ノ僧ハ、殺生戒ヲ破ル悪僧ト云テ、尽舎ンヤ、又汝日々ノ殺生、挙テカゾヘガタシ、先今朝ヨリ喰フ所ノ米ノ数、幾粒ト云フコトヲ知レリヤ、
書き下し
答、仁は慈愛の徳有て、私心なきを云。汝如き私心を以て、仁を知らるゝ所に非ず。汝は禅家を学といへども、其家の本意を知らざると見へたり。既に南泉和尚は猫を殺し、蜆子和尚は海老を釣てこれを喰ふ。所作に依て見ば、此等の僧は、殺生戒を破る悪僧と云て、尽捨んや。又汝日々の殺生、挙てかぞへがたし。先今朝より喰ふ所の米の数、幾粒と云ふことを知れりや。
現代語訳
梅岩「仁とは慈愛の徳があって私心がないことを言います。あなたのような私心で仁が分かるものではありません。あなたは禅を学んでいても、禅家の本意を知らないと見えます。現に南泉和尚は猫を斬り殺し、蜆子和尚は海老を釣って食べました。行いだけで見れば、この僧たちは殺生戒を破る悪僧だと言ってみな捨ててしまうのですか。またあなたの日々の殺生は数えきれません。まず今朝から食べた米が何粒か知っていますか。」
解説
梅岩は禅僧の土俵である禅の公案で切り返します。「南泉斬猫」は『無門関』第十四則、弟子たちが猫を争ったとき南泉普願が猫を斬った話。蜆子和尚は唐末の禅僧で、川で蝦や蜆を取って食べたと『景徳伝灯録』に伝えられる人物です。行いの形だけで見れば彼らは破戒僧だが、禅はそう見ない。さらに米の粒も命ではないかと問い、戒律の形式主義を崩しにかかります。相手の専門分野の事例で相手の論理の矛盾を示す、鮮やかな論法です。
この章句が説くこと
仁私心禅南泉殺生
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