都鄙問答 / 卷之二・鬼神ヲ遠ト云事ヲ問ノ段
然レドモ御祭禮ヲ、其者自身ニ行フコトハ不能、國主トイヘドモ、天子ノ御神事ハ行レザルコトナリ、其位ニアラザレバ祭ラズ、マツラザレバ、唐土ト違ハナシ、語曰、三家者以雍徹、子曰、相維辟公、天子穆々、奚取於三家之堂ト、魯國ノ三家ハ、太夫ノ身トシテ、天子宗廟ノ祭ニ歌サセ玉フ、雍ノ詩ヲ歌テ、己ガ先祖ヲ祭リ、又泰山ニ旅リセントス、加樣ナル分ヲ僭、理ニ背コトヲナセバ、セマジキ事ヲスルユヘニ、其鬼ニ非ズシテコレヲ祭ルハ、諂ナリトノ玉フ、且孟子モ、社稷ノ神ハ、民ノ爲ニ立トノ玉フコトナレバ、出來初穗ヲ捧ル如キハ、唐土ニモ有ルベシ、我朝ニモ、初穂ヤ神樂ヲ捧グルヲ祭トハ云レマジ、譬バ祇園會御靈祭ナドモ、其神ノ祭ナリ、其土地ニ住、障ナキコトヲ喜テ、我身ヲ祝フト云モノナリ、又下々ニ、何程サハリアリトテモ、御神事ハ行ハルヽナリ、コレニテ我祭リニアラザルコト明ナリ、俗說ニ不拘、本ヲ推テ工夫有ベキ所ナリ、
新字:然レドモ御祭礼ヲ、其者自身ニ行フコトハ不能、国主トイヘドモ、天子ノ御神事ハ行レザルコトナリ、其位ニアラザレバ祭ラズ、マツラザレバ、唐土ト違ハナシ、語曰、三家者以雍徹、子曰、相維辟公、天子穆々、奚取於三家之堂ト、魯国ノ三家ハ、太夫ノ身トシテ、天子宗廟ノ祭ニ歌サセ玉フ、雍ノ詩ヲ歌テ、己ガ先祖ヲ祭リ、又泰山ニ旅リセントス、加様ナル分ヲ僭、理ニ背コトヲナセバ、セマジキ事ヲスルユヘニ、其鬼ニ非ズシテコレヲ祭ルハ、諂ナリトノ玉フ、且孟子モ、社稷ノ神ハ、民ノ為ニ立トノ玉フコトナレバ、出来初穂ヲ捧ル如キハ、唐土ニモ有ルベシ、我朝ニモ、初穂ヤ神楽ヲ捧グルヲ祭トハ云レマジ、譬バ祇園会御霊祭ナドモ、其神ノ祭ナリ、其土地ニ住、障ナキコトヲ喜テ、我身ヲ祝フト云モノナリ、又下々ニ、何程サハリアリトテモ、御神事ハ行ハルヽナリ、コレニテ我祭リニアラザルコト明ナリ、俗説ニ不拘、本ヲ推テ工夫有ベキ所ナリ、
書き下し
然れども御祭礼を、其者自身に行ふことは能はず。国主といへども、天子の御神事は行れざることなり。其位にあらざれば祭らず。まつらざれば、唐土と違はなし。語に曰、三家者雍を以て徹す。子曰、相くるは維れ辟公、天子穆々と、奚ぞ三家の堂に取らんと。魯国の三家は、太夫の身として、天子宗廟の祭に歌させ玉ふ、雍の詩を歌て、己が先祖を祭り、又泰山に旅りせんとす。加様なる分を僭、理に背ことをなせば、せまじき事をするゆへに、其鬼に非ずしてこれを祭るは、諂なりとのたまふ。且孟子も、社稷の神は、民の為に立とのたまふことなれば、出来初穂を捧る如きは、唐土にも有るべし。我朝にも、初穂や神楽を捧ぐるを祭とは云れまじ。譬ば祇園会御霊祭なども、其神の祭なり。其土地に住、障なきことを喜て、我身を祝ふと云ものなり。又下々に、何程さはりありとても、御神事は行はるゝなり。これにて我祭りにあらざること明なり。俗説に拘らず、本を推て工夫有べき所なり。
現代語訳
「けれども、御祭礼をその者自身が執り行うことはできません。大名であっても、天子の御神事は行えないのです。その位にあるのでなければ祭らない。祭らないという点では中国と違いはありません。『論語』に『三家者、雍を以て徹す。子曰く、相くるは維れ辟公、天子穆々と、奚ぞ三家の堂に取らん』とあります。魯の三家は大夫の身でありながら、天子の宗廟の祭で歌わせる雍の詩を歌って自分の先祖を祭り、また泰山に旅祭をしようとした。このように分をこえて理に背き、してはならないことをするから、其の鬼に非ずして祭るは諂いだとおっしゃったのです。また孟子も、社稷の神は民のために立てるとおっしゃるのですから、実りの初穂を捧げることは中国にもあるでしょう。わが国でも、初穂や神楽を捧げるのを祭とは言えないでしょう。たとえば祇園会や御霊祭もその神の祭であって、その土地に住んで障りのないことを喜び、わが身を祝うというものです。また下々にどれほど障りがあっても、御神事は執り行われます。これで自分の祭でないことは明らかです。俗説にとらわれず、根本を推して考えるべきところです。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・倫理・福を求むるは已に君子の心に非ず郊社は、天地生成の大德に報ゆるなり。然れども災沴には禳有り、順成には祈有り。君の私田を為すは則ち仁、民の公田を為すは則ち忠なり。福を求むるを嫌はず、禍を免るるを嫌はず。子孫の先祖を祭るは、追養繼孝を以てなり。我が祖父母より此の身有るなり。曰く、「先人の澤に賴りて、以て其の餘慶を享く」と。曰く、「吾朝夕奉養して歡を承けしに、一旦復た杯棬を獻ぜず、心悲思して寄する無し、故に祭薦して以て吾が情を伸ぶるなり」と。曰く、「吾貧賤にして菽水を供するに足らず、今鼎食するも親逮ばず、心悲思して及ぶ莫し、故に祭薦して以て吾が悔いを志すなり」と。豈に其の遊魂虛位の能く我を福せんが為に之を求めんや。福を求むるは已に君子の心に非ず。而して一飯の設、數拜の勤を以て、福を先人に求む、仁孝誠敬の心果たして是くのごとくならんや。利を謀らず、報を責めず、其の感激を望まず。他人に在りてすら猶ほ然り、而るに況んや我が先人をや。『詩』の祭は必ず福を言ふ、而して『楚茨』の諸詩を尤も甚だしと為す、豈に訓と為す可けんや。吾獨り『采蘩』『采蘋』の二詩に取る有り。物を盡くし志を盡くし、以て吾が子孫の誠敬を達するのみ、他は及ばざるなり。此の道に明らかならば、則ち天下の萬事萬物皆我の當に為すべき所を盡くし、禍福利害は皆其の自ら至るに聽す。人事脩まりて外慕の心息み、道に向かふこと專らにして作輟の念忘れん。何者ぞ。性分に明らかにして冀悻する所無ければなり。
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