都鄙問答 / 卷之一・播州ノ人學問ノ事ヲ問ノ段
或時、播州ノ者上京致シ、宿ノ主同道ニテ來リ、物語シテ曰、某コト、忰一人持候トコロニ、學問ヲ望、何トゾ少ノ間京都ヘ罷出、セメテハ小學ヤ大學ノ講釋ナリトモ承リ度ヨシ、度々願ヒ候、汝ニ對テ物語ヲ致スコト、少シ遠慮ニ候ヘドモ、物語ヲ致スベシ、姫路近邊ニモ、內福ニテ、田地高モ多ク持タル者ナドハ、學問ヲモ致サセ候處ニ、後ニ至テ、難義ノスヂモ出來申ヨシヲ承ル、一人ノ忰ノゾミ申ス事ト云、又少ハ目モ明テトラセ度候ヘドモ、人柄アシク成ベキヤト心元ナク存、得登セ申サズ候、
新字:或時、播州ノ者上京致シ、宿ノ主同道ニテ来リ、物語シテ曰、某コト、忰一人持候トコロニ、学問ヲ望、何トゾ少ノ間京都ヘ罷出、セメテハ小学ヤ大学ノ講釈ナリトモ承リ度ヨシ、度々願ヒ候、汝ニ対テ物語ヲ致スコト、少シ遠慮ニ候ヘドモ、物語ヲ致スベシ、姫路近辺ニモ、内福ニテ、田地高モ多ク持タル者ナドハ、学問ヲモ致サセ候処ニ、後ニ至テ、難義ノスヂモ出来申ヨシヲ承ル、一人ノ忰ノゾミ申ス事ト云、又少ハ目モ明テトラセ度候ヘドモ、人柄アシク成ベキヤト心元ナク存、得登セ申サズ候、
書き下し
或時、播州の者上京致し、宿の主同道にて来り、物語して曰、某こと、忰一人持候ところに、学問を望、何とぞ少の間京都へ罷出、せめては小学や大学の講釈なりとも承り度よし、度々願ひ候。汝に対て物語を致すこと、少し遠慮に候へども、物語を致すべし。姫路近辺にも、内福にて、田地高も多く持たる者などは、学問をも致させ候処に、後に至て、難義のすぢも出来申よしを承る。一人の忰のぞみ申す事と云、又少は目も明てとらせ度候へども、人柄あしく成べきやと心元なく存、得登せ申さず候。
現代語訳
ある時、播州(兵庫県南西部)の人が上京し、宿の主人に連れられて来て、こう話しました。「私には息子が一人おりますが、学問を望み、少しの間でも京都へ出て、せめて『小学』か『大学』の講釈だけでも聞きたいと、たびたび願ってきます。あなたにこの話をするのは少し遠慮もありますが、お話しします。姫路の近辺でも、暮らし向きが豊かで田畑も多く持つ家では、子に学問をさせたところ、後になって困ったことが起きたと聞きます。一人息子の望みではあり、少しは目も開かせてやりたいのですが、人柄が悪くなりはしないかと心配で、京へ出せずにおります。」
解説
この章句が説くこと
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