都鄙問答 / 卷之一・孝ノ道ヲ問ノ段
曰、兼テ汝モ知ルヽ如ク、親ノ讓ノ外、我財寶ト云ハナシ、答、左程ノ家財ヲ讓レシ父母、少々費アレバトテ、家ノ立ザルホドノコト有ベキヤ、親ノ財寶ナレバ、假令ツカヒ捨ラルヽトモ、心マカセナルベシ、財寶盡ナバ、如何樣ノ賤働ヲシテ成トモ養ベシ、若又此ニ人有テ、身ヲ舍苦勞シ得タル寶ナレバ、父母ヲ養コトナラズト云テ、飢凍者アラバ、コレハ尤ナリト、汝ガ心ニ許ベキヤ、
新字:曰、兼テ汝モ知ルヽ如ク、親ノ譲ノ外、我財宝ト云ハナシ、答、左程ノ家財ヲ譲レシ父母、少々費アレバトテ、家ノ立ザルホドノコト有ベキヤ、親ノ財宝ナレバ、仮令ツカヒ捨ラルヽトモ、心マカセナルベシ、財宝尽ナバ、如何様ノ賤働ヲシテ成トモ養ベシ、若又此ニ人有テ、身ヲ舎苦労シ得タル宝ナレバ、父母ヲ養コトナラズト云テ、飢凍者アラバ、コレハ尤ナリト、汝ガ心ニ許ベキヤ、
書き下し
曰く、兼ねて汝も知らるる如く、親の譲りの外、我が財宝と云ふはなし。答ふ、左程の家財を譲られし父母、少々費えあればとて、家の立たざるほどのこと有るべきや。親の財宝なれば、仮令つかひ捨てらるるとも、心まかせなるべし。財宝尽きなば、如何様の賤しき働きをして成りとも養ふべし。若し又此に人有りて、身を舎て苦労し得たる宝なれば、父母を養ふことならずと云ひて、飢ゑ凍ゆる者あらば、これは尤もなりと、汝が心に許すべきや。
現代語訳
問う人は言いました。「ご存じのとおり、親から譲られたもののほかに、私の財産というものはありません。」梅岩は答えました。「それほどの家財を譲ってくれた父母が、少しばかり出費したからといって、家が立ち行かなくなるほどのことがあるでしょうか。親の財産なのですから、たとえ使い捨てられても親の思いのままでよいはずです。財産が尽きたなら、どんな卑しい仕事をしてでも親を養えばよい。もしここに、自分が身を捨てて苦労して得た財産だから父母は養えないと言って、親を飢えさせ凍えさせる人がいたら、あなたはそれをもっともだと心の中で許せますか。」
解説

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論語・泰伯篇子曰わく、泰伯は其れ至徳と謂うべきかな。三たび天下を譲り、民得て称すること無し。
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尚書・君陳王若(かく)のごとく曰く、「君陳よ、惟れ爾令徳にして孝恭なり。惟れ孝にして、兄弟に友に、克く有政に施す。汝に命じて茲の東郊を尹(をさ)めしむ、敬せよや。昔周公万民を師保し、民其の徳を懐く。往きて乃の司を慎み、茲に厥の常に率へ。懋めて周公の訓を昭らかにせば、惟れ民其れ乂まらん。我聞く、曰く、
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