都鄙問答 / 卷之一・孝ノ道ヲ問ノ段
曰、我問所ハ、親ニ事ノコトナリ、其急ナルコトヲ差置、只一通ニ心ヲ知レトハ如何ナルコトゾ、答、汝ハ、損アル事ニハ從ヒ難シト云リ、從ザレバ逆ナリ、親ニ逆ヨリ、大ナル不孝アランヤ、然ルニ費有コトニ從ハ、義ニ合ザルト思ヘリ、コレ心ノ暗ヨリ、是非分ザル所ナリ、我云所ハ、悉親ニ事ル道ナレドモ、汝聞得コトアタハズ、是心ヲ知ザルユヘナリ、因テ心ヲ知ル事ヲ急務トス、
新字:曰、我問所ハ、親ニ事ノコトナリ、其急ナルコトヲ差置、只一通ニ心ヲ知レトハ如何ナルコトゾ、答、汝ハ、損アル事ニハ従ヒ難シト云リ、従ザレバ逆ナリ、親ニ逆ヨリ、大ナル不孝アランヤ、然ルニ費有コトニ従ハ、義ニ合ザルト思ヘリ、コレ心ノ暗ヨリ、是非分ザル所ナリ、我云所ハ、悉親ニ事ル道ナレドモ、汝聞得コトアタハズ、是心ヲ知ザルユヘナリ、因テ心ヲ知ル事ヲ急務トス、
書き下し
曰く、我が問ふ所は、親に事ふるのことなり。其の急なることを差し置き、只一通りに心を知れとは如何なることぞ。答ふ、汝は、損ある事には従ひがたしと云へり。従はざれば逆ふなり。親に逆ふより、大なる不孝あらんや。然るに費え有ることに従ふは、義に合はざると思へり。これ心の暗きより、是非分かたざる所なり。我が云ふ所は、悉く親に事ふる道なれども、汝聞き得ることあたはず。是れ心を知らざるゆへなり。因りて心を知る事を急務とす。
現代語訳
問う人は言いました。「私が尋ねているのは親に仕えることです。その差し迫ったことを差し置いて、ただ一通りに心を知れとはどういうことですか。」梅岩は答えました。「あなたは損のあることには従いにくいと言いました。従わなければ逆らうことになります。親に逆らうより大きな不孝があるでしょうか。それなのに出費のあることに従うのは義にかなわないと思っている。これは心が暗いために、是非の区別がつかないのです。私の言っていることはすべて親に仕える道なのですが、あなたには聞き取れない。それは心を知らないからです。だから心を知ることを急務とするのです。」
解説

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