都鄙問答 / 卷之一・都鄙問答ノ段
曰、道ハ樂ムベキコトナルヲ、困コトヲ學ブトハ如何ナルコトゾ、答、譬バ此ニ、相駕籠舁二人ノ者アラン、一人ハ力强、一人ハ力弱、强ハ苦マズ、弱ハ苦シム、苦メドモ、駕籠ヲ舁ユヘ飢コトヲ免ル、駕籠ニ出ザレバ、乞食ト成テ路道ニ立ナリ、道ヲ行フコトモ如此、我ラ如キハ、力弱駕籠舁ニ同ジ、苦ミナガラモ行フユヘニ、不義ニ陷イラズ、是ヲ以テ心安シ、又心ヲ不知者ハ、常ニ苦ミ有テ、言葉ノ上ニ見、然レ共ソノ恥ヲ不知ユヘニ、學ブ志立ザルナリ、
新字:曰、道ハ楽ムベキコトナルヲ、困コトヲ学ブトハ如何ナルコトゾ、答、譬バ此ニ、相駕籠舁二人ノ者アラン、一人ハ力強、一人ハ力弱、強ハ苦マズ、弱ハ苦シム、苦メドモ、駕籠ヲ舁ユヘ飢コトヲ免ル、駕籠ニ出ザレバ、乞食ト成テ路道ニ立ナリ、道ヲ行フコトモ如此、我ラ如キハ、力弱駕籠舁ニ同ジ、苦ミナガラモ行フユヘニ、不義ニ陥イラズ、是ヲ以テ心安シ、又心ヲ不知者ハ、常ニ苦ミ有テ、言葉ノ上ニ見、然レ共ソノ恥ヲ不知ユヘニ、学ブ志立ザルナリ、
書き下し
曰く、道は楽しむべきことなるを、困しむことを学ぶとは如何なることぞ。答ふ、譬へば此に、相駕籠舁き二人の者あらん。一人は力強く、一人は力弱し。強きは苦しまず、弱きは苦しむ。苦しめども、駕籠を舁くゆへ飢うることを免る。駕籠に出でざれば、乞食と成りて路道に立つなり。道を行ふことも此の如し。我ら如きは、力弱き駕籠舁きに同じ。苦しみながらも行ふゆへに、不義に陥いらず。是を以て心安し。又心を知らざる者は、常に苦しみ有りて、言葉の上に見ゆ。然れどもその恥を知らざるゆへに、学ぶ志立たざるなり。
現代語訳
故郷の者は言いました。「道は楽しむべきものなのに、苦しむことを学ぶとはどういうことですか。」梅岩は答えました。「たとえばここに、一挺の駕籠を二人で担ぐ駕籠かきがいるとしましょう。一人は力が強く、一人は力が弱い。強い者は苦しまず、弱い者は苦しみます。けれども苦しみながらも駕籠を担ぐので、飢えを免れます。駕籠に出なければ、乞食になって道端に立つことになります。道を行うこともこれと同じです。私たちのような者は、力の弱い駕籠かきと同じです。苦しみながらも行うので、不義に陥らない。だから心は安らかです。一方、心を知らない者はいつも苦しみがあって、それが言葉の端に表れます。けれどもその恥を知らないので、学ぶ志が立たないのです。」
解説
この章句が説くこと
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