都鄙問答 / 卷之一・都鄙問答ノ段
曰、其子細ナシト會得セルトハ、如何ナルコトゾ、答、此會得セシコトハ言ガタシ、然レドモ譬ヲ以テ其趣ヲ語ン、或ハ證文印判抔ノ類、入用ノ時、器ヲ視共不見、又外ヲ尋レドモ不見、今日モ尋、明日モ尋、又餘日モ尋レドモ不見、見ヌニ附疑ヒ起リ、取レハセヌカ、證文ナドハ、反古ニマギレテ遣ハセヌカ、落ハセヌカト、種々ニ疑オコルモノナリ、餘リ見ネバ、最早是非ナシト思ヒ、他ノ用事アツテ、取マギレ居トキ、忽然ト思ヒ出コトアリ、思ヒ出ハ、コレモ文學ノ及バザル所ナリ、其時ニコソ、前ニ盜レヤセン、落ヤセント思ヒシ疑モ、忽ニ晴ナリ、心ヲ知モ其如ク、闇夜ノ忽ニ明、一天照然トシテ明カナルガ如シ、
新字:曰、其子細ナシト会得セルトハ、如何ナルコトゾ、答、此会得セシコトハ言ガタシ、然レドモ譬ヲ以テ其趣ヲ語ン、或ハ証文印判抔ノ類、入用ノ時、器ヲ視共不見、又外ヲ尋レドモ不見、今日モ尋、明日モ尋、又余日モ尋レドモ不見、見ヌニ附疑ヒ起リ、取レハセヌカ、証文ナドハ、反古ニマギレテ遣ハセヌカ、落ハセヌカト、種々ニ疑オコルモノナリ、余リ見ネバ、最早是非ナシト思ヒ、他ノ用事アツテ、取マギレ居トキ、忽然ト思ヒ出コトアリ、思ヒ出ハ、コレモ文学ノ及バザル所ナリ、其時ニコソ、前ニ盗レヤセン、落ヤセント思ヒシ疑モ、忽ニ晴ナリ、心ヲ知モ其如ク、闇夜ノ忽ニ明、一天照然トシテ明カナルガ如シ、
書き下し
曰く、其の子細なしと会得せるとは、如何なることぞ。答ふ、此の会得せしことは言ひがたし。然れども譬へを以て其の趣を語らん。或いは証文印判などの類、入用の時、器を視るとも見えず、又外を尋ぬれども見えず、今日も尋ね、明日も尋ね、又余日も尋ぬれども見えず。見えぬに附き疑ひ起こり、取られはせぬか、証文などは、反古にまぎれて遣はせぬか、落としはせぬかと、種々に疑ひおこるものなり。余り見えねば、最早是非なしと思ひ、他の用事あつて、取りまぎれ居るとき、忽然と思ひ出だすことあり。思ひ出だすは、これも文学の及ばざる所なり。其の時にこそ、前に盗まれやせん、落としやせんと思ひし疑ひも、忽ちに晴るるなり。心を知るも其の如く、闇夜の忽ちに明け、一天照然として明らかなるが如し。
現代語訳
故郷の者は言いました。「そのほかに子細はないと会得したとは、どういうことですか。」梅岩は答えました。「この会得は言葉にしがたいのですが、たとえでその趣をお話ししましょう。たとえば証文や印判などが入り用なときに、入れ物を見ても見つからず、ほかを探しても見つからない。今日も探し、明日も探し、さらに何日も探しても見つからない。見つからないので疑いが起こり、盗まれたのではないか、証文などは反故紙にまぎれて使ってしまったのではないか、落としたのではないかと、さまざまに疑いが起こるものです。あまりに見つからないので、もうしかたがないと思い、ほかの用事に取りまぎれているとき、ふっと思い出すことがあります。思い出すのも、文字の学問の及ばないところです。そのときこそ、盗まれたか落としたかと思った疑いも、たちまち晴れます。心を知るのもそのようなもので、闇夜がにわかに明けて、空一面が照り輝くようなものです。」
解説
この章句が説くこと
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