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都鄙問答 / 卷之一・都鄙問答ノ段

敎ンコトヲ志ト云、彼人ノ云、道、道心ト云テ心ナリ、子曰、溫故而知新可以爲師矣、故トハ師ヨリ聞所、新トハ我發明スル所ナリ、發明シテ後ハ、學所我ニ在テ、人ニ應ルコト窮ナシ、此ヲ以テ師ト成ベシ、然ルヲ汝心ヲ知ザレバ、自迷居テ、且他モ迷セ度候ヤ、心ハ一身ノ主ナリ、身ノ主ヲ知ザレバ、風來者ニテ、宿ナシ同前ナリ、我宿ナクシテ、他ヲ救ント云ハ覺束ナシト云リ、我見識ヲ云ントスレドモ、卵ヲ以テ大石ニ當ガ如シ、言句吐コト不能、此ニ於テ茫然トシテ疑ヲ生ズ、實ニ得タルコトハ疑ナキ者ナリ、然ニ疑ノ發ハ、イマダ得ザルト決定シ、夫ヨリ他事心ニ不入、明暮如何々々ト心ヲ盡身モ勞、日ヲ過コト一年半計ナリ、折節愚母病氣ニ附、二十日餘看病セシニ、其坐ヲ立出ケルガ、其時忽然トシテ疑晴、煙ヲ風ノ散ヨリモ早シ、堯舜ノ道ハ孝弟而已、魚ハ水ヲ泳、鳥ハ空ヲ飛、詩云、鳶飛戾天、魚躍于淵ト云ヘリ、道ハ上下ニ察ナリ、何ヲカ疑ハン、人ハ孝悌忠信、此外子細ナキコトヲ會得シテ、二十年來ノ疑ヲ解、コレ文字ノスル所ニアラズ、脩行ノスル所ナリ、

新字:教ンコトヲ志ト云、彼人ノ云、道、道心ト云テ心ナリ、子曰、温故而知新可以為師矣、故トハ師ヨリ聞所、新トハ我発明スル所ナリ、発明シテ後ハ、学所我ニ在テ、人ニ応ルコト窮ナシ、此ヲ以テ師ト成ベシ、然ルヲ汝心ヲ知ザレバ、自迷居テ、且他モ迷セ度候ヤ、心ハ一身ノ主ナリ、身ノ主ヲ知ザレバ、風来者ニテ、宿ナシ同前ナリ、我宿ナクシテ、他ヲ救ント云ハ覚束ナシト云リ、我見識ヲ云ントスレドモ、卵ヲ以テ大石ニ当ガ如シ、言句吐コト不能、此ニ於テ茫然トシテ疑ヲ生ズ、実ニ得タルコトハ疑ナキ者ナリ、然ニ疑ノ発ハ、イマダ得ザルト決定シ、夫ヨリ他事心ニ不入、明暮如何々々ト心ヲ尽身モ労、日ヲ過コト一年半計ナリ、折節愚母病気ニ附、二十日余看病セシニ、其坐ヲ立出ケルガ、其時忽然トシテ疑晴、煙ヲ風ノ散ヨリモ早シ、堯舜ノ道ハ孝弟而已、魚ハ水ヲ泳、鳥ハ空ヲ飛、詩云、鳶飛戻天、魚躍于淵ト云ヘリ、道ハ上下ニ察ナリ、何ヲカ疑ハン、人ハ孝悌忠信、此外子細ナキコトヲ会得シテ、二十年来ノ疑ヲ解、コレ文字ノスル所ニアラズ、脩行ノスル所ナリ、

書き下し

教へんことを志すと云ふ。彼の人の云ふ、道は、道心と云ひて心なり。子曰く、故きを温めて新しきを知る、以て師と為るべし、と。故とは師より聞く所、新とは我が発明する所なり。発明して後は、学ぶ所我に在りて、人に応ずること窮まりなし。此を以て師と成るべし。然るを汝心を知らざれば、自ら迷ひ居て、且つ他も迷はせたく候や。心は一身の主なり。身の主を知らざれば、風来者にて、宿なし同前なり。我宿なくして、他を救はんと云ふは覚束なしと云へり。我見識を云はんとすれども、卵を以て大石に当たるが如し。言句吐くこと能はず。此に於いて茫然として疑ひを生ず。実に得たることは疑ひなき者なり。然るに疑ひの発るは、いまだ得ざると決定し、夫より他事心に入らず、明け暮れ如何如何と心を尽くし身も労し、日を過ごすこと一年半計りなり。折節愚母病気に附き、二十日余り看病せしに、其の坐を立ち出でけるが、其の時忽然として疑ひ晴れ、煙を風の散らすよりも早し。堯舜の道は孝弟のみ。魚は水を泳ぎ、鳥は空を飛ぶ。詩に云ふ、鳶飛びて天に戻り、魚淵に躍る、と云へり。道は上下に察かなり。何をか疑はん。人は孝悌忠信、此の外子細なきことを会得して、二十年来の疑ひを解く。これ文字のする所にあらず、脩行のする所なり。

現代語訳

「教えることを志している』と答えました。その人は言いました。『道は道心といって、心のことだ。孔子は「古いことを学び直して新しいことを知る者は、師となれる」と言った。古いこととは師から聞くこと、新しいこととは自分が悟り明らかにすることだ。悟った後は、学んだものが自分の中にあって、人に応じて尽きることがない。こうして師となれるのだ。それなのにあなたは心を知らないのだから、自分が迷っているうえに、他人まで迷わせたいのか。心は一身の主人だ。身の主人を知らなければ、風来坊で宿なしと同じだ。自分に宿もないのに他人を救おうというのは心もとない。』私は自分の見識を言おうとしましたが、卵を大石にぶつけるようなもので、一言も出せませんでした。ここで茫然として疑いが生まれました。本当に得たものなら疑いはないはずです。疑いが起こるのはまだ得ていないのだと決め、それからは他のことが心に入らず、明けても暮れてもどうなのかと心を尽くし身も疲れて、一年半ほど過ごしました。そのころ母が病気になり、二十日余り看病していたのですが、その座を立って出たとき、忽然として疑いが晴れました。煙が風で散るよりも早いものでした。堯舜の道は孝と悌だけだ。魚は水を泳ぎ、鳥は空を飛ぶ。詩経に『鳶は飛んで天に至り、魚は淵に躍る』とある。道は上にも下にもはっきり現れている。何を疑うことがあろう。人は孝悌忠信、このほかに子細はない、と会得して、二十年来の疑いが解けました。これは文字の力ではなく、修行の力です。」

解説

梅岩の開悟の場面として、石門心学でもっとも知られた一節です。了雲は論語為政篇の「故きを温めて新しきを知る」を、師から聞いた故と、自ら発明した新とに読み分け、心を知らない者が人を教えるのは宿なしが人を泊めようとするようなものだと諭します。一言も返せなかった梅岩は一年半考え抜き、母の看病の座を立った瞬間に疑いが晴れました。詩経大雅の「鳶飛びて天に戻り、魚淵に躍る」は中庸にも引かれる句です。学んだ知識ではなく、行き詰まりの果てに自分で得た一瞬の会得。それを梅岩は「文字のする所にあらず、脩行のする所」と言いました。

この章句が説くこと

悟り疑い修行了雲発明

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