歎異抄 / 後序
まことに我も人も空言をのみ申しあい候中に、一つ痛ましきことの候なり。そのゆえは、念仏申すについて信心の趣をもたがいに問答し、人にも言い聞かするとき、人の口をふさぎ相論を絶たんために、全く仰せにてなきことをも仰せとのみ申すこと、浅ましく歎き存じ候なり。この旨をよくよく思い解き、心得らるべきことに候。
新字:まことに我も人も空言をのみ申しあい候中に、一つ痛ましきことの候なり。そのゆえは、念仏申すについて信心の趣をもたがいに問答し、人にも言い聞かするとき、人の口をふさぎ相論を絶たんために、全く仰せにてなきことをも仰せとのみ申すこと、浅ましく嘆き存じ候なり。この旨をよくよく思い解き、心得らるべきことに候。
書き下し
まことに我も人も空言をのみ申しあい候中に、一つ痛ましきことの候なり。そのゆえは、念仏申すについて信心の趣をもたがいに問答し、人にも言い聞かするとき、人の口をふさぎ相論を絶たんために、全く仰せにてなきことをも仰せとのみ申すこと、浅ましく歎き存じ候なり。この旨をよくよく思い解き、心得らるべきことに候。
現代語訳
まことに、私たちはみな空しい言葉ばかりを言い合っている中で、一つ痛ましいことがある。それは、念仏を申すにあたって信心の趣旨を互いに問答し、人にも言い聞かせるときに、相手の口を封じ、議論をやめさせるために、まったく聖人が仰せになっていないことまでも、あたかも仰せであったかのように言うことである。これは浅ましく、歎かわしいことだと思う。この趣旨をよくよく考え理解しておくべきである。
解説
議論に勝つために、権威ある人の言葉をでっち上げてまで相手を黙らせようとする振る舞いが、痛切な言葉で戒められている。誰かを説得したいという思いが強くなるほど、事実や出典を都合よく脚色してしまう誘惑が生まれる。何かを人に伝えるとき、自分の主張を通すことよりも、事実に対して誠実であることのほうが重んじられるべきだという教訓である。
この章句が説くこと
権威の悪用議論に勝つこと誠実さ
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