歎異抄 / 第十三条
そのかみ、邪見におちたる人あって、「悪をつくりたる者を助けんという願にてましませば」とて、わざと好みて悪をつくりて、「往生の業とすべき」由を言いて、ようように悪し様なることの聞こえ候いしとき、 御消息に「薬あればとて毒を好むべからず」とあそばされて候は、かの邪執を止めんがためなり。 まったく「悪は往生の障りたるべし」とにはあらず。
書き下し
そのかみ、邪見におちたる人あって、「悪をつくりたる者を助けんという願にてましませば」とて、わざと好みて悪をつくりて、「往生の業とすべき」由を言いて、ようように悪し様なることの聞こえ候いしとき、 御消息に「薬あればとて毒を好むべからず」とあそばされて候は、かの邪執を止めんがためなり。 まったく「悪は往生の障りたるべし」とにはあらず。
現代語訳
昔、誤った考えに陥った人がいて、『悪をつくった者を助けようという願なのだから』と、わざと好んで悪をつくり、『それが往生の行いになるのだ』などと言って、よからぬ噂が広まったとき、御手紙に『薬があるからといって、毒を好んで飲んではならない』とお書きになったのは、その誤った執着を止めるためであった。決して『悪は往生の妨げになる』というのではない。
解説
悪人正機の教えを都合よく利用して、わざと悪事を働く人が実際に現れたことへの戒めである。ここでの「薬あればとて毒を好むべからず」という言葉は、教えの本質を守りながら、その誤用にはきっぱりと線を引く姿勢を示している。ある教えの核心を大切にすることと、それを都合よく解釈して悪用しないこととは、両立させなければならないという教訓でもある。
この章句が説くこと
薬と毒誤用への戒め本願ぼこり