歎異抄 / 第十三条
「これにて知るべし、何事も心にまかせたることならば、往生のために千人殺せと言わんに、すなわち殺すべし。 しかれども一人にてもかないぬべき業縁なきによりて害せざるなり。 わが心の善くて殺さぬにはあらず、また害せじと思うとも百人千人を殺すこともあるべし」と仰せの候いしは、 我らが心の善きをば善しと思い、悪しきことをば悪しと思いて、願の不思議にて助けたまうということを知らざることを、仰せの候いしなり。
書き下し
「これにて知るべし、何事も心にまかせたることならば、往生のために千人殺せと言わんに、すなわち殺すべし。 しかれども一人にてもかないぬべき業縁なきによりて害せざるなり。 わが心の善くて殺さぬにはあらず、また害せじと思うとも百人千人を殺すこともあるべし」と仰せの候いしは、 我らが心の善きをば善しと思い、悪しきことをば悪しと思いて、願の不思議にて助けたまうということを知らざることを、仰せの候いしなり。
現代語訳
『これで分かるはずだ。何事も心のままにできることならば、往生のために千人殺せと言われれば、すぐにも殺すだろう。しかし、たとえ一人であっても、そうなる業縁がないから殺さないだけなのだ。自分の心が善いから殺さないのではない。また、殺すまいと思っていても、百人、千人を殺すこともあるだろう』と仰せになったのは、私たちが自分の心の善さを善いと思い、悪さを悪いと思い込んで、本願の不思議な力によって助けられるということを知らずにいることを、仰せになったのである。
解説
この問答は、殺人を肯定するものでは断じてない。人が実際に何をするかは、本人の意志の強さだけで決まるのではなく、その時々の状況や条件(業縁)に大きく左右されるという、人間の危うさについての洞察である。自分は絶対にそんなことをしないと言い切れる人ほど、その慢心を静かに問い直される箇所であり、善悪を自分の心がけだけの問題として片づけてしまう浅さへの戒めでもある。
この章句が説くこと
業縁宿業善悪の思い込み