酔古堂剣掃 / 集倩・一花散じて峰明らかなり
才有力以勝蝶,本無心而引鶯;半葉舒而巖暗,一花散而峰明。
書き下し
才かに力有りて以て蝶に勝へ、本心無くして鶯を引く。 半葉舒びて巖暗く、一花散じて峰明らかなり。
現代語訳
わずかに蝶の重さに耐えるだけの力しかなく、もともと何の意図もないのに鶯を引き寄せます。葉が半ば開くと岩陰が暗くなり、花が一つ散ると峰が明るくなります。
解説
春の若い枝や草木の、かよわくも不思議な力を描いた一則です。前半は、細い枝がやっと蝶一匹の重さに耐えるほどの力しかないのに、何の意図もなく鶯を引き寄せる、というさまです。勝は、ここでは耐える、持ちこたえるという意味です。何かをしようとしなくても、そのままで自然に美しいものを引き寄せるという、無心の魅力が表現されています。後半では、わずかな変化が景色全体を変えることを言います。葉が半分開いただけで岩の陰が暗くなり、花が一つ散っただけで峰が明るく見える。半葉と一花という小さなものが、巌や峰という大きな景色に影響を与える対比が見事です。小さな力でも、無心であれば人を引き寄せ、わずかな変化でも、周りの景色を大きく変えることがあります。自分のささやかな行いも、思いのほか周りに影響を与えているのかもしれません。
この章句が説くこと
春無心自然観察風景
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