酔古堂剣掃 / 集倩・瓶も亦た精良なるべし
養花,瓶亦須精良,譬如玉環、飛燕不可置之茅茨,嵇阮賀李不可請之店中。
書き下し
花を養ふには、瓶も亦た須らく精良なるべし、譬へば玉環・飛燕は之を茅茨に置くべからず、嵇・阮・賀・李は之を店中に請ずべからざるが如し。
現代語訳
花を生けて育てるには、花瓶もまたすぐれて良いものでなければなりません。たとえば、楊玉環(唐の楊貴妃)や趙飛燕(漢の成帝の皇后)のような美女を茅ぶきのあばら家に置いてはならず、嵇康・阮籍・賀知章・李白のような名士を居酒屋に招いてはならないのと同じです。
解説
花とそれを生ける器の釣り合いを、人物のたとえで説いた一則で、明の袁宏道の『瓶史』にも同じ趣旨の文があります。玉環は唐の楊貴妃、飛燕は漢の趙飛燕で、どちらも絶世の美女として名高い女性です。茅茨は茅ぶきの粗末な家です。嵇康と阮籍は魏晋の竹林の七賢、賀知章と李白は唐の詩人で、いずれも酒と風流で知られる人物です。どれほど美しい人でも、ふさわしくない場所に置けばその美しさが損なわれ、どれほどすぐれた名士でも、俗な店に招けば失礼にあたる、というわけです。花も同じで、良い花には良い器がふさわしいのです。これは物だけでなく、人を迎える場や、良いものを差し出す場面にも通じる心得です。大切な人や物にふさわしい場を整えることは、その価値を生かす敬意の表れと言えるでしょう。
この章句が説くこと
生け花器袁宏道もてなし風雅
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『酔古堂剣掃』集倩・花を插して瓶中に著く花を插して瓶中に著け、俯仰高下、斜正疏密をして、皆意態を存せしめ、畫家寫生の趣を得て、方に佳なり。
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