酔古堂剣掃 / 集倩・花を插して瓶中に著く
插花著瓶中,令俯仰高下,斜正疏密,皆存意態,得畫家寫生之趣,方佳。
新字:挿花著瓶中,令俯仰高下,斜正疏密,皆存意態,得画家写生之趣,方佳。
書き下し
花を插して瓶中に著け、俯仰高下、斜正疏密をして、皆意態を存せしめ、畫家寫生の趣を得て、方に佳なり。
現代語訳
花を挿して瓶に生けるときは、うつむいたり仰いだり、高かったり低かったり、斜めだったりまっすぐだったり、まばらだったり密だったりと、どの枝にも表情を持たせ、画家が写生したような趣が出て、はじめてよいものになります。
解説
花を生ける心得を、画家の目にたとえて説いた一則です。明代の中国では、瓶に花を生ける瓶花が文人の間で盛んになり、袁宏道の『瓶史』のような専門の書も書かれました。俯仰は下を向くことと上を向くこと、高下は高さの違い、斜正は傾きとまっすぐさ、疏密はまばらさと混み具合のことです。これらの変化をつけ、どの枝にも意態、つまり生きた表情や姿を持たせることが大切だと言います。ただ整然と並べるのではなく、自然の中で枝が伸びているような生き生きとした姿を、画家が写生するように瓶の中に再現するのです。日本の生け花にも通じる考え方で、不揃いの中に調和を見いだす美意識がうかがえます。花を一輪飾るときも、向きや高さを少し変えるだけで、ずいぶん表情が変わるものです。
この章句が説くこと
生け花風雅写生花美意識
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