酔古堂剣掃 / 集倩・花を賞するに地有り時有り
賞花有地有時,不得其時而漫然命客,皆為唐突。寒花宜初雪,宜雨霽,宜新月,宜暖房;溫花宜晴日,宜輕寒,宜華堂;暑花宜雨後,宜快風,宜佳木濃陰,宜竹下,宜水閣;涼花宜爽月,宜夕陽,宜空階,宜苔徑,宜古藤巉石邊。若不論風日,不擇佳地,神氣散緩,了不相屬,比於妓舍酒館中花,何異哉!
新字:賞花有地有時,不得其時而漫然命客,皆為唐突。寒花宜初雪,宜雨霽,宜新月,宜暖房;温花宜晴日,宜軽寒,宜華堂;暑花宜雨後,宜快風,宜佳木濃陰,宜竹下,宜水閣;涼花宜爽月,宜夕陽,宜空階,宜苔径,宜古藤巉石辺。若不論風日,不択佳地,神気散緩,了不相属,比於妓舎酒館中花,何異哉!
書き下し
花を賞するには地有り時有り、其の時を得ずして漫然として客に命ずるは、皆唐突と為す。 寒花は初雪に宜しく、雨霽に宜しく、新月に宜しく、暖房に宜し。 溫花は晴日に宜しく、輕寒に宜しく、華堂に宜し。 暑花は雨後に宜しく、快風に宜しく、佳木濃陰に宜しく、竹下に宜しく、水閣に宜し。 涼花は爽月に宜しく、夕陽に宜しく、空階に宜しく、苔徑に宜しく、古藤巉石の邊に宜し。 若し風日を論ぜず、佳地を擇ばずんば、神氣散緩し、了に相屬せず、妓舍酒館中の花に比して、何ぞ異ならんや。
現代語訳
花を観賞するにはふさわしい場所と時があります。その時を得ないまま、なんとなく客を招くのは、みな無作法です。寒い季節の花は、初雪のとき、雨上がり、新月の夜、暖かい部屋がよいのです。暖かい季節の花は、晴れた日、少し肌寒い日、立派な広間がよいのです。暑い季節の花は、雨の後、心地よい風、美しい木の濃い木陰、竹の下、水辺の楼閣がよいのです。涼しい季節の花は、澄んだ月、夕日、人のいない階段、苔むした小道、古い藤や険しい岩のそばがよいのです。もし風や日和を考えず、よい場所も選ばなければ、花の神気は散ってゆるみ、まったく心が通わず、遊郭や酒場に飾られた花と何の違いがあるでしょうか。
解説
前の則と同じく袁宏道の『瓶史』に見える文章で、花を観る場と時の心得を季節ごとに細かく挙げた一則です。寒花は梅や水仙など冬の花、温花は牡丹や海棠など春の花、暑花は蓮など夏の花、涼花は菊や桂など秋の花を指します。それぞれに、雪、晴天、雨上がりの風、月や夕日と、最も引き立つ天気や場所を組み合わせています。唐突は、ここでは花に対して礼を失した無作法という意味です。最後に、条件を選ばずに花を眺めるのは、酒場の飾り花と変わらないと手厳しく結びます。宜の字を十数回も重ねる文体にも、花への細やかな思いがあふれています。花を飾るとき、どこにいつ置くかを少し考えるだけで、同じ一輪がずっと生きてくることを教えてくれます。
この章句が説くこと
花季節袁宏道風雅時機
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