酔古堂剣掃 / 集倩・家を浮かべ宅を泛ぶ
湖海上浮家泛宅,煙霞五色足資糧;乾坤內狂客逸人,花烏四時供嘯詠。
新字:湖海上浮家泛宅,煙霞五色足資糧;乾坤内狂客逸人,花烏四時供嘯詠。
書き下し
湖海の上に家を浮かべ宅を泛ぶれば、煙霞の五色資糧に足る。 乾坤の内の狂客逸人、花烏四時嘯詠に供す。
現代語訳
湖や海の上に舟を家として浮かべて暮らせば、もやや霞の五色の輝きだけで糧は十分です。天地の間に生きる奔放な人や世を逃れた人には、四季の花と鳥が歌い吟じる材料を与えてくれます。
解説
水上に暮らす自由な生き方と、四季の花鳥を友とする心を描いた一則です。浮家泛宅は、舟を家として水の上で暮らすことで、唐の張志和が、自分は浮家泛宅して苕水と霅水の間を行き来したい、と言ったことで知られる言葉です。煙霞五色は、朝夕のもやや霞が五色に輝くさまで、それだけで糧としては十分だというのは、霞を食べて生きる仙人を思わせます。乾坤は天地、狂客は型破りで奔放な人、逸人は世を逃れた人です。原文の「花烏」は、「花鳥」の書き誤りと見て読みました。嘯詠は、声を長く引いて詩を吟じることです。四季折々の花や鳥が、そうした人々に尽きることのない詩の題材を与えてくれるのです。物を持たなくても、自然の移ろいを味わう心さえあれば、暮らしは豊かになるという思いが伝わってきます。
この章句が説くこと
隠逸舟遊花鳥自然自由
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