酔古堂剣掃 / 集倩・花を婢仆と為す
幽居雖非絕世,而一切使令供具交遊晤對之事,似出世外。花為婢仆,鳥為笑談;溪漱澗流代酒肴烹煉,書史作師保,竹石質友朋;雨聲雲影,松風蘿月,為一時豪興之歌舞。情景固濃,然亦清趣。
新字:幽居雖非絶世,而一切使令供具交遊晤対之事,似出世外。花為婢仆,鳥為笑談;渓漱澗流代酒肴烹煉,書史作師保,竹石質友朋;雨声雲影,松風蘿月,為一時豪興之歌舞。情景固濃,然亦清趣。
書き下し
幽居は世を絕つに非ずと雖も、而れども一切の使令供具交遊晤對の事、世外に出づるに似たり。 花を婢仆と為し、鳥を笑談と為し、溪漱澗流は酒肴烹煉に代はり、書史を師保と作し、竹石を友朋に質す。 雨聲雲影、松風蘿月、一時豪興の歌舞と為す。 情景固より濃やかなれども、然れども亦た清趣なり。
現代語訳
静かな住まいは世の中と縁を切るわけではありませんが、召使いを使うこと、道具をそろえること、人と交わり向き合って語ることなど、すべてが世の外に出たかのようです。花を召使いとし、鳥を笑い話の相手とし、谷川の水音と流れが酒や肴、煮炊きの代わりになり、書物や歴史書を師や守り役とし、竹と石を友とします。雨の音、雲の影、松を渡る風、つたにかかる月が、そのときどきの興を盛り上げる歌や舞になります。その情景はもちろん濃やかですが、同時に清らかな趣でもあるのです。
解説
世俗の暮らしに必要なものを、すべて自然のもので置き換えてみせた一則です。幽居は静かな住まい、使令は召使いを使うこと、供具はもてなしの道具、晤対は向き合って語り合うことです。花を召使いに、鳥を話し相手に、谷川の流れをごちそうに、書物を先生に、竹と石を友にと、世俗の豊かさの一つ一つを自然の中に見いだしています。師保は君主の子を教え導く役職のことです。さらに雨音や雲、松風や月を、宴の歌舞に見立てて楽しみます。最後に、その情景は濃やかでありながら清らかだと結び、豊かさと清らかさが両立することを示しています。お金をかけなくても、見方を変えれば身の回りはもてなしと友にあふれている、と気づかせてくれる文章です。
この章句が説くこと
隠逸自然清趣見立て閑適
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集素・奇士雅客は蠹簡を以て代ふ山中に花を蒔き草を種うるは、以て自ら娛しむに足る、而れども地樸にして人荒れ、泉石都て無く、絲竹響きを絕ち、奇士雅客も亦た復た過らず、未だ寂寞として日を度るを免れず。 然れども泉石は水竹を以て代へ、絲竹は鶯舌蛙吹を以て代へ、奇士雅客は蠹簡を以て代ふれば、亦た略ぼ相當る。
-
『酔古堂剣掃』集倩・閑中の滋味晨に起きて窗を推せば、紅雨亂れ飛ぶ、閑花笑ふなり。 綠樹聲有り、閑鳥啼くなり。 煙嵐滅沒す、閑雲度るなり。 藻荇數ふべし、閑池靜かなり。 風細く簾青く、林空しく月印す、閑庭峭なり。 山扉晝も扃せども、剝啄每に閑侶多し。 帖括は人に因れども、几案每に閑編多し。 繡佛長齋、禪心釋諦、而して念ひに閑想多く、語に閑詞多し。 閑中の滋味、洵に樂しむに足るなり。
-
『酔古堂剣掃』集倩・帶葉の柴門落紅苔に點ずれば、錦褥に當つべく、草香り花媚ぶれば、嬌姬に當つべし。 莫逆は則ち山鹿溪鷗、鼓吹は則ち水聲鳥囀。 毛褐を紈綺と為し、山雲を主賓と作す。 根を和する野菜は、侯鯖に讓らず、葉を帶ぶる柴門は、奚ぞ甲第に輸けん。
-
『酔古堂剣掃』集靈・談ずる所は浮生の閒話累月獨り處り、一室蕭條たり。雲霞を取りて伴侶と為し、青松を引きて心知と為す。或いは稚子老翁、閒中に來り過ぎれば、濁酒一壺、蹲鴟一盂、相共に笑口を開き、談ずる所は浮生の閒話、絕えて市朝に及ばず。客去れば門を關ざし、了に報謝無し、是の如くして餘生を畢へなば足れり。
-
『酔古堂剣掃』集素・洵に幽棲の勝事、野客の虛位なり郊中に野坐するは、固より荊を班くべし。 徑裏に閒談するは、最も石を拂ふに宜し。 雲煙を侵して獨り冷やかに、清嘯の胡床を移し開き、草木を藉りて以て幽を成し、莊嚴の蓮界を撤し去る。 況んや乃ち琴を枕にして夜奏すれば、逸韻更に揚がり、局を置きて午に敲けば、清聲甚だ遠きをや。 洵に幽棲の勝事、野客の虛位なり。
-
『酔古堂剣掃』集景・花落つれば灑然として得る有り雲收まれば便ち悠然として共に遊び、雨滴れば便ち冷然として俱に清く、鳥啼けば便ち欣然として會する有り、花落つれば便ち灑然として得る有り。